27話 正座で 1
自分がやったことを、相手に説明することは、難しい。
全てに根拠があり、万人が理解できる方程式が、あるわけでもない。
かけ算九九を暗記しなければ、その先にある、計算問題が理解できないように。
仮に、万人が分かる方程式があったとしても。
万人が理解できる方程式を、説明しないことには、話を伝えようがない。
万人が理解できるからこそ、方程式なのか。
前提としては、間違っていない。
だが、万人が理解できるという前提は、理想でしかないのだろう。
正しく、伝えているつもりでも。
「コレは、ヒドい」の一言から。
相手の言っている状況を、相手の思うまま、正しく理解できるだろうか?
この言葉の前後で、勝手に想像するしかない。
「ヒドい」状況を、相手の言う言葉だけで、ドコまで正しく想像できるのか?
それで、受け取り方が変わってしまう。
十人十色と言うが。
言っている方が、勝手に、共感しているだけかもしれない。
言葉の上では同じでも。
そこから想像されるモノは、違う。
ズレは、間違いなく存在する。
ならば、と。
正しく伝えるために、言葉を尽くす。
だが、ボキャブラリーは、コミュ力と比例するのだろう。
聞き手と、話し手が。
言葉の上で遊ばれているようにさえ、思える瞬間。
詳しく説明しろと言われても。
相手の知識量が、自分の思う「常識」以下だった場合。
更に、ソレを難しくさせる。
言ったじゃん。
それが、どれだけの意味を表すのか。
それは、当人同士の信頼関係に依存してしまうのだろう。
だからこそ。
相手に説明するときは、相手が誰であれ。
中学生が、すぐに理解できるレベルまで、落とすべきなのだ。
ジュライ子が、ダメ子に説明した内容は、そういった部類の話だ。
相手に伝えるには、十分だと思った言葉さえ。
なんで? という質問に。
できてしまったから、と、答えてしまう。
これでは、暖簾に腕押しだ。
どうしてデキてしまったのか。
過程を聞いているというのに。
お互いに、その部分に、疑問すら持っていない。
お互いが、お互いに。
当然のように思っている方程式は、本人しか持っていない。
そこに気づいたら。
いよいよ、伝えている側の戦いが始まるのだ。
相手には、そんな常識はない。
そんなことにすら、お互いに気づけず。
同じ「言葉」が。
違うニュアンスを含むと、お互いに気づけず。
重ねる言葉が、多ければ、多いほど。
ニュアンスは、ズレになっていく。
こんな話し合いに、なんの意味があるのだろう。
お手上げだと、話を打ち切れば。
そこで終わってしまう。
だから、なるべく。
自分の考えや、思いが、言葉にならないように。
長い時間をかけ。
物事を、一つ一つ。
順番どおりに、ジュライ子は、伝えていった。
だが、誤解が誤解を生み。
最後に言いたいこととは。
全く、別の受け取り方をされてしてしまう。
ダメ子が、馬鹿だからではなく。
ダメ子の持っている知識量が。
ジュライ子の、上を行き過ぎているのだ。
沙羅と同じどころか。
スマホを媒体にしているのだから、知識量だけで言えば。
ポテンシャルは、沙羅の上を行くだろう。
だから、ダメ子の「普通は、こうなるでしょ?」に。
ジュライ子は、歯がゆさを感じ。
全てを、かなぐり捨て。
あったこと、だけ。
自分が、考えたこと、だけ。
思ったこと、だけを、ただ、並べるだけ。
水のように透き通った事実を。
相手に、飲んでもらうしかない。
ジュライ子を救ってくれた自然が、言い訳などせず。
生きるか、死ぬかという結果しか、残らないように。
悪も善もなく、ただ、生きている、彼らのように。
感情を、言葉に乗せてはいけない。
大事であれば、大事であるほど。
知恵を借りたいと、思えば思うほど。
伝えることが、ドコまでも、大事なのだから。
ダメ子も、ジュライ子の思いを、くみ取ったのか。
話が終わるまで、一切口を挟まず。
話の終わりに、いくつかの質問をして、しばらく黙った。
ジュライ子は、黙って、その姿を見守り。
再度、ダメ子の目が開く。
「細かいことは、置いておきましょう。ジュライ子ちゃん」
まだ、伝わっていないのか?
そんな不安を、次の言葉が打ち消した。
「あと何回、私に作った玉を作れる?」
「たぶん、あと、一回が限界だと思う」
「ああ。やっぱりそう、なのね。
なら、ジュライ子ちゃん、分かりやすく言うわね」
「はい」
「これからの話をするには。
今、何が起こったか、何ができるか、が、一番、大事よ」
分かりきっていることを。
と、思ったジュライ子に。
ダメ子は、そんな様子すら気にせず、話し続けた。
「ジュライ子ちゃん。あなたは、今、沙羅様と同じ状態なのよ」
「沙羅先生と同じ?」
「それが、魔法か、なにかは、わからないけど。
ジュライ子ちゃんも、同じ弱り方を、していると思うわ。
沙羅様は、自分の限界を超えて「ソレ」ができるけど。
私たちは、限界は超えられない。
限界を超えられないから。
沙羅様みたいには、ならない。
限界を超えてしまえるからこそ、沙羅様は、自覚もなしに倒れる。
なら、簡単よ。
沙羅様の呼吸が弱いのは、たぶん、ギリギリ、生きているからでしょう」
「…ギリギリ?」
「そうよ。見てたわよね?
寝ている沙羅様に、ブルーさんが、何をしたか」
「うん、今なら分かる。
ブルーおばあちゃんは、沙羅先生を元気にするために、全てを、使ってくれたんだよ」
ダメ子は、ココがポイントです、と。
人差し指を、ジュライ子の前で立てた。
「そうよ。沙羅様は、限界を無自覚に超えてしまうから。
自分では、何が起きているのか。
使ったあと、どうなるか、結果が出るまで分からない。
ブルーさんは、自分の全てを使って。
沙羅様が使う力で、無自覚に。
沙羅様が、自分自身を消してしまわないように、沙羅様を強くしてくれた。
私、ずっと、考えていたのよ。
ブルーさんが、沙羅様に何をして。
スカイブルーちゃんに、なるときに。
何を、自由意思として残したか。
ブルースカイちゃんって、なんなのか」
「どういうこと?」
「沙羅様は、ブルーさんが言うとおり、人ならざる「法」の力を持っているけど。
人だから、「法」の力についていけなくて、倒れてしまうのよ。
しかも、タチが悪いことに。
「法」は、容赦なく必要なモノを、沙羅様から吸い上げていくわ。
だから、ブルーさんは、沙羅様を回復させたんじゃなくて。
「法」に負けない何かを、沙羅様に、くれたのよ」
「なにかって…。あの、光の紋章のようなもの?」
「かも、しれないし、違うかもしれない。
でも、今、それはあまり問題じゃないわ。一番問題なのは…」
ダメ子は目をつぶり、沙羅を指さした。
「また、沙羅様が、倒れてしまっていることよ」
ジュライ子の心に、ただ、驚きだけが広がっていく。
なんで、思いつかなかったのだろう、と。
聞けば、簡単すぎる答えだ。
ジュライ子は、顔に出てしまうほどの驚きを、素直にダメ子に見せつけた。
「つまり、沙羅先生は…」
「ココに、スカイブルーちゃんが、いないなら。
ほぼ、間違いないでしょうね。
だって、「法」は、形がないものでも、素材にして、何かを生み出して、しまうんだから」
「「法」を使うために、必要なモノを、失ってしまったから。
「法」が、弱っている沙羅先生から。
「必要なもの」を、吸い取っちゃったから、沙羅先生は、倒れてる?」
「そうかもしれないし。違うかもしれない。
でも、ブルーさんにもらった力でも。
どうにも、ならなくなったのは、確かだわ。
しかも、今回は、本当に最悪だわ。わかるでしょ?」
沙羅が倒れたのは、一度や、二度ではない。
山の中を行く螺旋階段や、水飲み場で倒れている。
正確には、眠るように意識を失ったのだが。
沙羅本人は、寝ているだけだと言っていた。
だが、寝ている最中。
どんなに揺すっても、声をかけても、一切反応しない。
生きた死体のような状態を見ている側として。
意識のない時間を、寝ているだけとは、言いづらい。
本人に、どれだけ危険な状態なのか、自覚がないのも問題だ。
限界以上に「法」は吸い上げるのなら。
要求された願いを、叶えるために必要なら。
沙羅自身すら、養分に変えてしまう、と、いうことなのだから。
ダメ子が言う、今回は最悪という言葉が意味するように。
何度か見た、倒れた沙羅。
眠っているように見えた、沙羅の様子が、今までと、確実に違う。
「沙羅先生の息が、弱すぎる…」
「そうよ。今までは、本当に寝ているようだったけど、ね。
今回は、このまま、息が途切れそうだわ。
たぶん、このまま放っておいたら、そうなるかもしれない」
その場に落ちる重い沈黙は。
劇的でもない、沙羅の死を歌っているようだった。




