誰も望まなかった結末 2
振り上げられた、スレイの。
重さに任せただけの剣が、近くの木を、強く打ち鳴らした。
力が足りず、体勢を崩し。
手から抜け落ちそうな剣を、もう一度、握り直し。
スレイは、一歩を踏み出す。
戦いとすら言えない、幼稚な動きだ。
竜騎士の面影は、ソコになく。
スレイという女性しか、いなかった。
スレイは、剣に全てをこめ。
言葉と、体を、ブルースカイに突き出す。
「私の全てを使って、アナタを殺す理由は、それで十分」
「そんなのって…」
「刃を向けろ」
強引に、ねじ込まれる体。
捨て身と言えば、聞こえが良い猛攻。
子供が、手を回して、何度も叩くかのように。
避け続けるのは、容易だが。
こんなに、見ているのが、苦しい攻撃もない。
それでもスレイは。
ブルースカイに、何度も、突進する。
当たらないと、分かっていても。
スレイの息は、すぐに荒くなり。
待つ必要もない時間で、動きが、鈍くなっていく。
見せつけられれば、見せつけられるほどに。
竜騎士としての力が、なくなれば。
ただの女性でしかない。
ブルースカイが、やめさせようと。
声を何度もかけるが。
スレイは、刃を向けろとしか答えず。
攻撃は、より、乱雑になり。
終わる事は、なかった。
そして、ついに。
金属音が、森に鳴り響いた。
不意に迫る、剣の刃を弾くため。
ブルースカイは、刀を抜いてしまったのだ。
その音を聞き。
スレイの足は、更に、力強いモノへと変わっていく。
「そう…。それで良い」
呼吸すら不規則になってしまった口は、言葉を、かすませる。
言葉になっているかどうかさえ、怪しい、スレイの言葉は。
的確に、ブルースカイの心を、ナイフで刺すのだ。
「どちらかが、死ぬ」
スレイの動きは、誰が見ても、素人以下のモノでしかない。
女性が、剣の重さに、振り回されているだけだ。
近所の公園で見かけたなら、ほほ笑ましくも、見えるのだろう。
剣の重さに、あらがうことができず。
後ろに振り回されてしまった体は、キレイに一周し。
戻ってきた顔が、ブルースカイの目の前を、通過する。
鼻先一寸。
その距離に置かれた言葉に、ブルースカイの全身が震えた。
「それ以外は、認めない」
一切の曇りなく、澄んだ瞳が。
ブルースカイの目の奥にある、魂に訴えた。
始まってしまったのだ。
死を求めるだけの戦いが。
殺すか死ぬか。
それ以上の意味を持たない、無意味な殺人が。
誰よりも、無意味な殺人を嫌っていた、スレイの手によって。
ブルースカイの、体の芯まで広がる。
諦めにも似たモノは、なんだろう。
この戦いの結果。
得られるものは、お互いに、何もない。
気持ちすら晴れず。
そして、ひとつの結果を、飲み込むだけだ。
無意味でないと、するなら。
全てが、終わったあと。
心に、できあがる傷跡を、なめるためだけの戦い。
意味があるのか、どうか。
それは、傷を持った本人しか、出せないのだろう。
道徳的な意味合いしか、持たないのだ。
それぐらいしかないのに。
無意味に思えるモノが。
こんなにも重く。
何よりも、優先されるものだと。
スレイの目は、ブルースカイの魂に、罵声を叩きつけた。
やめさせるようと考えている事。
それが、間違いだと。
「こんなの、絶対、間違ってるよ!」
「間違いは…。今、始まったことじゃない」
間違いは、何から、始まったのだろう。
「間違い」とは。
間違いを探せば、いくらでも浮かび。
ブルースカイには、すべてが、そう思えてしまった。
否定する言葉が、どんどん、遠ざかっていくのを感じ。
それらすべてを、気持ちだけで否定する。
「普通は、そうは、ならない」という言葉が。
地平線の向こう側で、淡く光っていた。
スレイの猛攻は、止まることを知らず。
何度も、無駄に繰り出される攻撃を、手や刀で返すたび。
必死なスレイを、見せつけられるたび。
不思議な感覚が、ブルースカイを侵食し始めた。
体当たりは、片手一つで、受け流せてしまう。
蹴りを放たれても。
避けられないスピードではなく、威力もない。
体すべてを使って、振り抜かれる剣も。
重さ以上の威力など、ありえない。
今の、ブルースカイにとって。
ドレも、取るに足らない物だ。
疲れもしないし、痛くもない。
なら、なんで。
こんなにも、ブルースカイは、必死なのだろうか。
なぜ、こんなにも、疲れていくのだろうか。
彼女の動き全てに、一喜一憂し。
なぜ、こんなにも余裕が、ないのだろう。
ブルースカイは、肩で息を吐き出し。
汗すら、浮き出てしまっている。
「重すぎるよ。重すぎて、ウチには…」
ブルースカイの目には、体以上に、大きく見えるスレイが映り。
チラリと、目線を手元に逃せば。
白木の柄から伸びる刃が、夕日を、黄金色に返していた。
金属が返す光は、何度も繰り返し、同じ事を、ブルースカイに訴えかける。
先送りと言う選択肢は、ない。
本人以外が望む、スレイという人物の延命は。
必死を、体中から吐き出している彼女が。
全力で、否定しているのだから。
ブルースカイは。
刀を振り上げる、強い抵抗感の向こう側で、葛藤する。
そんなことは、絶対にしたくはない、と。
さとすように。
語りかけるように。
スレイと衝突しては、何度も、何度も。
だが、手元の刃の光は、問いかけるのだ。
しょうがないなんていう言葉すら、否定して。
ほかに方法がない、という、言い訳すら踏み潰し続け。
強いストレスが、ブルースカイを締め上げていく。
二者択一という言葉が、恨めしく思え。
ならば、いっそのこと。
そのすべてを、飲み干して。
ブルースカイは、刀の先を、初めてスレイに向けた。
「これしか、ないの? これ以外に、ないの?」
震える手が。
今すぐにでも、投げ捨てたい刀の先を、カタカタと震わせた。
刃先を見たスレイの。
苦しい息を吐き出す口の端が、釣り上がるのが、ブルースカイには見え。
剣を、振りぬこうとする、スレイの体。
あと、ブルースカイが、腕を、真っ直ぐ突き出すだけ。
そうすれば、心臓ごと、竜紋を突き刺すことが、できる距離。
ブルースカイには、すべてが、止まっているように見えた。
一瞬が。
何秒にも、何分にも感じられ。
ここで答えを出せと。
時間を、神に止められているかのように。
緩やかに、両手に力が込められ。
ブルースカイの体から、刃が押し出されていく。
決めなくとも。
やってしまったことは。
おのずと、答えになってしまう。
あの時、と。
どうして、あんなことを、してしまったのだろう、と。
後悔したとしても。
地団駄を踏み。
迷い続けた心が。
最後に納得する、唯一の妥協として。
偽善と言ってしまって良い言葉が、ブルースカイの背中を押した。
「もう、終わりにしてあげよう」
誰に言ったわけでもない、言葉が。
手に、微かな力を与えていく。
スレイを殺すには、コレで十分だ。
なにも考えず、刃をつき出すには、これで十分だった。
スレイを殺すのに、労力など必要ないのだから。
悪い言葉は、すべて否定できたと言うのに。
善意という心から吐き出された、一言は。
ブルースカイの心の迷路を、するりと抜け、魂に落ちた。
突き出された刃は、止まることなく。
真っすぐスレイの心臓めがけ、吸い込まれていく。
なんて、不思議なのだろう。
あれだけ否定して。
あれだけ拒んだと言うのに。
迷いすら、次第に消えていき。
手に力が、しっかりと、伝わっていくのだから。
刃が、スレイの体に触れる刹那。
ブルースカイの頭に、一つの風景がよぎった。
「バトンタッチだ」
これは、自分だけの問題ではない。
沙羅に託された問題なのだと、思ってしまった。
絶対に、動きを止めてはいけない、一瞬で。
ブルースカイが、見てしまったモノ。
それは、夢だった。
誰もが、望んでやまない。
そうなって、ほしかった未来。
希望か、理想か。
だから、ブルースカイの刃は、スレイの体をなで。
絶対に当たらないハズの、スレイの剣は。
ブルースカイの寝ぼけた頭を。
こめかみから、まっすぐ、真横に、なぎ払った。
勢いよく、頭をはじかれ。
ブルースカイは、真横に崩れ去っていく姿が、スレイの目に映り。
シッカリとした手応えだけが、スレイを、絶望に落としていく。
スレイの剣は、手からスッポ抜け。
剣に全体重を乗せた力は、ゴムに、はじかれたように、宙を回る。
唖然。
そう表現するしかない表情が、スレイの顔に浮かび。
体を動かす歯車が、壊れたように硬直する。
後で、後悔しようと。
結果は、おのずと、答えになるものだ。
たとえ、誰ひとり望んでいない結果が、ソレだったとしても。
「なぜ…」
理由を探せば、いくらでもあるだろう。
そう、仕向けたと言うのに。
そう、願ったと言うのに。
「私を殺さない?」
もう、不必要だというのに。
ブルーも、いないというのに。
「なぜ、「竜騎士」を殺さない?」
キレイな顔を、真横に流れる、赤い滝。
目をつぶる、青い髪の彼女は。
何も答えず、地面に寝ているだけ。
青い髪の彼女は、寝言のように。
うわごとのように、一言だけ漏らす。
「ウチは、竜じゃあ、ない…」
暗くなってきた森の中に、残された言葉に、スレイは、膝をつき。
「なんで…。アナタ達は、私を生かそうとするの?」
なんで、と。
ただ、出てしまった答えが、納得できないモノで。
望んでいないモノだとしても。
自ら望んだ、無意味な戦いは。
無意味な結果だけを残した。
誰も救われず、誰も喜ばず。
心に、傷痕だけを刻んでいく。
「もう、たくさんだ…」
スレイは、何度も、非力な力で地面を殴り。
行き場のない感情を、地面に吐き出し続けた。
「もう、たくさんだ…。お願いよ、もう、許してよ…」
両手両足を、地面に投げ出し。
もう、あらがう方法はない、と。
空を見上げれば、日は、既に落ちかけていた。
昼と夜の堺のキレイな空が、スレイの心を握りつぶす。
自分のお腹を撫でると、切り傷なんてモノは、既になく。
服だけが、ブルースカイの刀の切れ味を、記憶していた。
最後に残された竜紋は。
どこまでも、スレイを生かし続ける。
再度、ブルースカイを見れば。
ソコに倒れていたハズの、ブルースカイは、おらず。
入れ違うように、存在していたもの。
二本の見慣れない足だ。
このあたりでは、あまり見かけない姿だ。
黒い靴に、足をすっぽりと覆う、厚手の紺の生地。
ゆっくりと目線を上げれば。
ブルースカイの体は、抱き抱えられていた。
その隙間から覗く、男の顔は、ゆがみ。
男は、ひどく悔しそうな顔を浮かべ。
スレイを、まっ直ぐ見据え。
怒気を含む、静かな声をスレイに投げる。
「…どうして、こうなった?」
男が、怒っているのは、見れば分かる。
声に怒気を感じるというのに。
場の空気には。
虚しさにも似た、胸をつかむ空気が漂っていた。




