スレイ 2
「ウチが、あなたを、ここで終わらせる」
刀の切っ先が、彼女に向かい。
水色の後ろで束ねた、髪がなびく。
青い瞳の周りは、つり上がり。
ブルースカイは、ただ、彼女の前に。
自分の中に残されている。
ブルーばあちゃんの願いに、体を向けた。
彼女を見つけることは、そう難しい事ではない。
当然と言えば、当然だろう。
彼女に、力をあたえた張本人が。
彼女が、ドコで何をしているか。
スグに分かるようになっていても、なんの不思議もない。
竜は、守護神なのだから。
竜騎士の魂に刻まれた、約束の形である、竜紋。
彼女の竜紋を「心約の竜紋」と、でも、言えば良いのだろうか。
なら、沙羅に刻まれた竜紋は。
竜と言う存在を、決定する「根源の竜紋」だろう。
竜と言う存在の証明であり。
力であり。
竜が、竜であるための証。
心約の竜紋以外を、全て。
体に宿したブルースカイに、竜騎士の居場所が、分からない理由はない。
竜騎士であった彼女は。
ただの、不老不死の化け物に成り果て。
もう、守るものもなく。
果たすべき義務もなく。
唯一、寄り添いたかった、存在もない。
願いは、別の形で、叶ったのだろう。
叶ったとは。
なにを持って、叶ったと、言えるのだろうか?
望んだ結末がやって来れば、それで終わる話なのだろうか?
彼女の見てきたモノは。
本のように、始まりと、終わりなどなく。
大好きだった本は。
いずれ朽ち果て、忘れ去られるだけだ。
それは、どれだけの地獄だろう?
生きることに、少ない二十四時間を、どう使うかが、人間だ。
だからこそ、絶対の終わりを意識する。
死があるから、切り捨てることができる。
終わりがないなら。
幸せの次に、待っているのは。
幸せになった分。
襲い来る、幸せ以上の絶望だろう。
人の死を、美談で語れないからこそ。
美談に、しようとするのだから。
だからこそ。
そんな生きザマを、知っているからこそ。
幸せである未来が、見えないからこそ。
ブルースカイは、白木の柄をすくい上げ。
日の光を返す、鋼の刃を彼女に向けるのだ。
竜騎士である、青い服の彼女は。
恍惚とした表情で刃先を眺め、すぐに無表情へ戻っていく。
死をあたえようとする刃が。
どれだけ甘い蜜に、見えるのだろう。
彼女は、どれだけのモノを、抱えてきたのだろう。
いくら言葉を尽くしたところで、限界がある。
だからこそ、言える事があるとすれば、こうなのだろう。
欧米人でも珍しい、クセッ毛にカールを作る、ブロンドの長い髪。
女性から見ても、うらやましい、洗練された女性らしいスタイル。
スッと、ブルースカイを見る彼女の瞳は、美しいと。
そんな彼女は、綺麗に整った歯をむき出しに、肩で息を吐き出した。
ドコまでも必死な姿に。
良くも悪くも。
抱く感情の一つぐらい、あると言うものだ。
どうして、なんで、こうなってしまったのか? と。
だから、彼女は、ブルースカイの刃に、深くうなるのだ。
犬のようで、ソコの深い、「う~」と言う声を。
ブルースカイの、こうして欲しいと。
湧き上がる感情を、否定するように。
条件反射のように、湧き上がる感情に。
ブルースカイに、ブルーばあちゃんを意識させ。
姿も見た事のない、白い竜の存在が。
ただ、存在を利用して生まれたと言う理由だけで、押し付けられたモノ。
別の記憶と意思が、自分の中にある、気持ち悪さ。
お前が生まれてきた意味は、コレだと訴えかけてくる、意思のような物。
ブルーばあちゃんの体から生まれ。
先を見たいと言う願いを託された。
ブルーばあちゃんではない、ブルースカイ。
自分の生きる理由が、決められていると感じられるほどに。
明確に。
知らない記憶や、思いが、ブルースカイを混乱させる。
どうしたら良いか、分からなくなり。
記憶とともに、湧き上がる感情が。
自分の感情なのか、分からなくさせる。
(お前は、もう「竜」じゃない)
沙羅が倒れる前に、口にした言葉は。
ブルースカイの手に、力をあたえた。
「ウチは、竜じゃない」
ブルースカイの中にある、ブルー記憶。
彼女の名前を、口に出す決意が固まった。
「ウチには、終わりしか。
さよならしか、あげられないよ?」
「……」
「スレイ、ちゃん」
スレイの手から、大剣が地面に落ち。
両手で顔を隠し。
震える両肩が、次第に声になった。
スレイは。
口から、「うふふ」という、笑いをひねりだし。
次第に、笑い声は大きくなり。
最後には、笑いを、空に吐き出した。
「ハハハ、ハッハッハッハ」
何も楽しくない笑い声が、ブルースカイの鼓膜を潰す。
悲しく、苦しさすら伝わってくるようだった。
言葉にされなくても。
ブルースカイは、笑い声に含まれた意味を、かみ締める。
私の最後は、そんなものか、と。
諦めきった彼女の意思だけが。
終わることへの喜びが、伝わってくるようだ。
笑いながら涙を流す。
壊れたスレイに、返す言葉はない。
だが、ブルースカイの突き出した刃先が、小刻みに震えた。
沙羅の言葉通りだろう。
ブルースカイは、竜ではない。
最近生まれた、ダメ子や岩沢、ジュライ子の、後に立つ存在だ。
竜の記憶。
意思、力。
そんなものは、本来なら、沙羅の言葉通りだ。
誰の持ち物であろうと。
与えられたモノであろうと。
沙羅の法の力と同じく。
受け継がれた全ては。
ブルースカイのモノ、なのだから。
「ウチは、終わらせられるだけ、なの?」
終わる方法だけを渡され。
流れの最後にいると言うだけで。
殺すと言う、汚れ役を、押し付けられる。
ブルーばあちゃんですら、やらなかったことなのに。
殺す事を嫌がり。
いずれ、殺さなければ、いけないものを。
いつまでも、あと送りに。
今、殺してしまえば。
殺される本人も、まわりも、幸せになれるのだろう。
殺害する、ブルースカイ以外は。
殺人者に、なりたくないから。
殺したくなかったから。
こんなことに、なっているのに。
苦しい方法をとり。
どんどん、後送りにして。
なら、殺すことを。
漠然と、押し付けられたブルースカイの、感情や意思は。
ドコへ、棚上げされたのか。
どう思うかは、みんな、違うのなら。
「なんで、ウチは、アナタを殺さなければいけないの?」
ブルースカイが、どう思っても自由だ。
終わらせるには。
殺すしかないと、決め付けられた結論。
消さなければならないと。
力強く、肯定する意思。
それが嫌だから。
ここまで、先延ばしに、したのに。
お前がやれば、全て解決だから、と。
こんなに、他力本願で、勝手な話はない。
自分じゃないから。
ブルースカイは、苦しまないのか?
自分じゃないから、悲しまないのか?
思い入れがないから、大丈夫なのか?
それでも。
目の前の、壊れたスレイは、全力で訴えるのだ。
私を救う方法は、殺すことだと。
このまま、流れに、身を任せることができれば、どれだけ楽だろう。
ソレが、正しいのだから、と。
言い切れたら、それだけ、心が救われたのだろう。
いくら迷おうとも。
ブルースカイに取れる方法は、一つしかなかった。
「ウチは、スレイちゃんの竜紋を…」
言葉の先を、ブルースカイは飲み込んだ。
言いたくなかったからと、言えばそれまでだ。
言い訳をするなら。
それ以外の可能性を、想像してしまったから。
ブルースカイの握る。
白木の柄から伸びる、鉄ではない金属の刃。
これこそが、ブルーが、残した力、そのものだ。
刀を握る両手が、顔の横。
刃先を相手に向けたまま。
両足は、前後に開き、腰を落とす事で、それは開放される。
竜として必要な、圧倒的な力の暴力。
何も寄せ付けないだろう、風圧の洗礼。
この刀は、そういうものだ。
ブルースカイの力、そのモノであり。
力のキーだ。
そして、なにより。
今、一番、必要とされている力。
この刃は、心の竜紋を、切ることができる。
約束を、破ることがデキるのだ。
交わされてしまった約束。
誓いを、一瞬で両断する刃。
大切なハズだった約束。
小指どうしを絡めた約束を。
指の根元から、容赦なく断ち切る刃。
終わらせる。
コレ以上に、ふさわしいモノはない。
今、スレイとブルースカイが戦えば。
一瞬で、勝負が、つくのだろう。
もう、人の力しかないスレイが。
人外の力に、勝てるハズもない。
スレイに出会った、沙羅と同じように。
ただ、圧倒されるだけだ。
もう。
戦う事は、なんの意味もない。
勝敗に、なんの意味も、ないのだから。
どう、言葉を尽くしても。
ブルースカイは、戦う前から勝者だ。
相手と同じところに立って、話す言葉も。
声も、存在しない。
迷い続ける、ブルースカイに歩み寄り。
スレイは、自分に向けられた刃に向かい、手をのばした。
手のひらが切れる事も気にせず。
刃先を握りしめ、心臓に向ける。
ブルースカイに無表情を返す、その顔は言っていた。
「さぁ、やりなさい」と。
ブルースカイは、スレイの瞳を、まっすぐ見つめ。
震える刃先を、収めようと引くと。
スレイは、刃を胸に向かい、手繰り寄せる。
「ココで終わる…」
かすれているでもなく、低くもない。
つぶれた息のような、声。
言葉として、聞き取ることが難しい音。
なのに、威圧感が含まれた声は。
ブルースカイの耳に、言葉を刻み込む。
「終わらせるのは、私じゃない…」
どうしようもない絶望が、ブルースカイの中で膨らみ。
「私を殺すのは、竜だけだ…」
胸に落ちた。




