今、この瞬間だ2
竜騎士は、左腕で、なぎ払っただけなのだ。
ボディーブローを打ち込むように。
再度、腕を内側に向け、力を込めるだけで。
ダメ子の脇腹に、深く打ち込まれる。
ダメ子は、想定していない不意打ちに、無意識に力が抜け。
体の底からひねり出される声と、ともに、体が、くの字に折れ曲がり。
振り抜いた剣の勢いを操れず。
あさっての方向に、剣は飛んでいき。
為す術もなく、殴られた力のまま、体が飛ぶ。
すぐ、背後の木に叩きつけられ、ズサリと、力なく地面に落ちた。
ダメ子と、入れ変わるように、再突進する岩沢。
相手の真横に急に現れ。
もう、攻撃を当てるだけ。
タイミングとして、これ以上ない、不意打ちであるハズだ。
少なからず、沙羅の目には、そう見えた。
だが、竜騎士は、岩沢の重たいハズの拳を、右手で受け止め。
受け流すように。
腕をつかんだまま、岩沢を赤子のように振り回し。
宙で岩沢を半回転させ、地面に叩きつけた。
岩沢の重量なのか、叩きつけられた力の強さなのか。
大太鼓よりも腹に響く、重低音が。
地面にクレーターを作り上げる。
衝撃でパラパラと。
地面から舞い上がった小石が降り、砂埃が立ち上がる中。
竜騎士は、何もなかったかのように。
顔を左右に振り、ゆっくりと、沙羅と、ジュライ子を見下ろした。
「圧倒的、過ぎる…」
モノの数秒だ。
戦いの決着は、一瞬だ。
一瞬で決着がつかない戦いは、稀なことだ。
力量が拮抗していなければ、起こりえないのだから。
竜騎士は、武器すら使わず。
片腕だけで、二人を地面に落とした。
本来、殺し合いが、漫画やドラマのように。
ダラダラと続くものではない、と。
沙羅は、思い知る。
岩沢も、ダメ子も、強いハズだ。
沙羅の思い込みは。
ただ一つの、基準違いによって、完全に否定されたのだ。
岩沢もダメ子も、確かに強い。
現代社会という、世界基準においては。
ここに、少しでも異世界基準を、考慮できていたなら。
子供のころにあこがれた。
ヒーローの必殺のキック、怪獣を倒す正義の巨人。
もう、憧れているだけで、良いモノではないと。
ほんの少しでも、思えていたなら。
今、見ている結果は、少しでも、変わっていたのだろうか。
「…変わるハズがない。
どうにか、できたわけでもない。ただ、本当に、俺は…」
この二日間、積み上げてきたもの。
それらは、必死に積み立ててきた努力だ。
この努力があったからこそ。
今、目の前の竜騎士に、向かい合っているのだから。
今、以上が、思いつかなかったのだから。
後悔なんてものが、沙羅の中に、あるハズがない。
間違いだと思うには、今更、過ぎる。
正解など、分かりようがないのだから。
今、ありありと。
見せられている現実は。
数時間前には、分からないのだから。
結果論を、並べても仕方ない。
ダメ子が、話を、したからからこそ。
ジュライ子を、助けられたと、思うべきなのだ。
準備など、しようがなかったのだから。
だからこそ、こうなってしまった原因は、ただ一つなのだ。
「何も知らなかった…」
それ以上でも、それ以下でもない。
やり残したことは、と。
沙羅は、自分に問いかけるが。
そんなモノはないと、ハッキリと思うことが出来る。
だからこそ思う、一つがあるのだ。
この、異世界に来てから。
後悔する間も、なかったのであれば。
今、取れる行動は、限られているのだから。
沙羅の視線は、右手に向かった。
「俺には、コレしかない…」
この世界に来て。
なにもない沙羅を、支えた力。
サバイバル生活を、支えた力。
コレがなければ。
今頃、一人で、動けなくなっていただろう。
あと数日もすれば。
助けなど来ないのだから、死んでいたとしても、おかしくない。
兎にも、角にも。
未知に対して、対抗できる力は、コレしかないのだ。
使うために、いくら頭を回そうとしても。
動転しきった心は、前からの威圧感に押しつぶされ。
頭を、真っ白に塗りつぶす。
「ダメだ…。どうすりゃ良いんだ…」
それでも、デキなければ終わってしまう。
何が終わるのか。
終わるのは。
今、沙羅が持っているモノ、見ているモノ、全ての終わりだ。
ゲーム機をリセットするように、画面は暗転し、それっきり。
それだけは、ダメだと。
回らない頭に手をあて、自分の中に、意識を向けようとしたとき。
視線を横切る、何かが見え。
誘われるように、飛んでいくモノを追えば。
小さな体、青い髪。
爪楊枝のような刀を構えた、ブルースカイが、沙羅の前に飛び出し。
「ちゃ~」
力強くも、間の抜けた声が、この場にいる皆の意識を集めた。
おもちゃのような羽が、パタパタと風を切る。
これでも、全力飛行なのだろう。
ダメ子や岩沢に比べれば、遅すぎる。
前に真っすぐ飛ぶには、勢いが足りず。
途中で疲れたのか、だんだん下に落ちていき。
前を見ている余裕もなく、進んだ先で。
金属音が、チンと鳴った。
竜騎士の胸当てにしがみつき、肩で息をしているブルースカイ。
あまりにも間抜けな音に。
この場が、凍ったようにも思えた。
それでも、ブルースカイは。
まだだと、竜騎士の胸当てをよじ登る。
その姿だけでも、必死なのが伝わってくるのは、確かだ。
だからと言って。
この状況を打ち破る、何かをしてくれる、期待感のかけらも感じられない。
登頂に成功したブルースカイは。
竜騎士の眼前に飛び。
ちゃっちゃと、細すぎる刃物を突き出し、名乗りをあげているようだった。
竜騎士の手は、ブルースカイに向かうが。
ブルースカイが、ちゃっちゃ言うたび、躊躇するように、途中で静止し続ける。
「カワイイは、正義なのか? 最強なのか? そうなのか?」
「ちゃっちゃっちゃあ~♪ ちゃっちゃっちゃあ~♪」
地面に叩きつけられた岩沢は。
地面を這いながら、竜騎士の足元から逃げ出し、木に体を預けていた。
ジュライ子は、手のひらを叩き。
野球観戦さながらの応援を、ブルースカイにおくる。
木に叩きつけられ、地面に倒れたダメ子も。
力の入らなくなった体を起こし。
唯一の希望を応援するように、搾り出すような声で、便乗し始めた。
無意識に、沙羅の口から、ボソボソと、こぼれるものは。
ジュライ子・ダメ子と同じだ。
膠着した一間、沙羅は、大きく息を吐き出す。
そう寒くもないというのに。
沙羅が吐き出した息は、白く宙に消えた。
落ち着くために、一度閉じた、まぶたの裏側。
暗い世界に、光が見えたような気がした。
見間違いかと。
再度、ゆっくり瞼の裏を覗き込めば、それは鮮明に浮かび上がる。
浮かび上がる魔法陣。
意識しなければ見えない、一瞬の映像。
一間と言うには、短い時間だろう。
だが、沙羅の心を高鳴らせ、火をともしていく。
魔法陣の背景に浮かび上がる。
和装女性のシルエット。
二頭身の体は、徐々に大きくなっていき。
美しい女性の陰に変わっていく。
コレが、何を意味しているのか。
考える必要もない。
もうすでに、前例はあるのだ。
沙羅は瞼をあげ、小さくつぶやいた。
「そうか…。岩沢と、同じなんだ…」




