森の中で膨らんだ疑問 2
沙羅の言葉に、すっかりピクニック気分の岩沢は。
「わかった。」の、一言で済むから、簡単だ。
しきりに沙羅を見る。
一番、めんどくさいダメ子を見れば。
両手を突き出し、ノビをすると、「ああ、そうだ」と、思いついたように、口を開く。
「沙羅様。暇つぶしに、私の与太話、聞いてもらえませんか?」
間延びした空気を、精一杯、吸い込んだダメ子が。
暇つぶしに話すにしては、真面目なトーンで、沙羅に言葉を返す。
「与太話って…。お前から、そんな言葉が出てくるなんて、珍しいな」
「すごく悪意を感じますが、まぁ、良いです」
「良いんだ」
「良いわけないですよねぇ?
沙羅様。私、何となく、この後の、パターンが読めましたよ?」
「今、この、タイミングで、か?
お前は、ブンブン、剣を振り回してた、だけなのにか?」
「中に入ったから分かる事って、あるじゃないですかぁ?」
「ソレは、分かるけども」
「何となく思っていましたが、それが、一つの形になりましたから、言いますね」
「何となく思っている時点で、言って欲しいわけだけども」
「沙羅様。もう、この森の中を__」
「人の話を、バッサリ切り捨てていくな、オマエ」
「…二時間ほど歩いているわけですが、獣道も人が通った痕跡も、全くありませんよね?」
そうか、そうかと。
沙羅は、ダメ子の態度を無視して、言葉を受け止める。
もう、そんなに時間がたったのか、と、思うより先に。
沙羅は、これからダメ子から吐き出される言葉に、恐怖感が湧き上がった。
くじ引きで決める、学級委員長のように。
当たりを引かない事を切に願い、話を聞き続ける。
「私達の横穴が、ブルーおばあちゃんの山の下にあった事。
まわりが、手付かずの森だったこと。
獣が、全く、この辺りにいないこと。
不自然じゃ、ありませんか?」
「いや、もう、もったいぶらずに、言ってくれないか?」
「ダメ子のくせに、めんどくさい」という言葉を飲み込んだのは。
本当に、めんどくさかったからである。
「過程は大事ですよ。物事を、いろいろ想像して、可能性を数えたら、キリがないんですから」
「つまり、消去法で思った事だと」
「水も、木の実も、探せば、ありそうですよね?
草食動物には、楽園だと思うんですが。
なんで、動物が、いないのでしょうか?」
「俺たちが、見ていないだけじゃないのか?」
「そうかも知れません。
でも、この森の中に、なにかを食い荒らしたような、痕跡がありませんし。
動物が、なにかをした痕跡もない」
「ブルーばぁちゃんの住処だから、近づかなかったんじゃないのか?」
「弱肉強食の考え方から行けば、そうなのですが、竜って、そういうものなんですか?」
「食物連鎖の頂点だろ、間違いなく」
「ブルーおばあちゃんって、お肉、食べるんですかねぇ?」
沙羅は、言葉を失った。
ダメ子は、ソコです、と、いわんばかりに指を立て、強調する。
「肉食動物も、言ってしまえば雑食です。
なのに、このあたりは、虫しかいない。
その虫を食べる動物も、見かけない。
不自然なんですよ。」
ブルーばあちゃんが、何も食べないと言うのなら。
ダメ子の言っている、不自然さは、一層、際立つというものだ。
龍が食事を必要としないのなら。
他の動物にとって、驚異になりえない。
動物は、何かを食べて生きている。
至極、自然な流れがあれば。
ここまで、なにも動物の生活感がないのは、あまりにも、おかしな話だ。
虫を食べる、鳥の鳴き声一つ聞こえない。
この森に、違和感を感じるには、十分すぎる。
竜が、食物連鎖の頂点だと考えれば、簡単に説明ができると言うのに。
最強に近づかない。
自然界に生きている虫、動物ほど。
命を天秤にかけたサバイバルにおいて。
リスク管理は、ドコまでもシビアだ。
危険を冒さなければならない場合。
そこには、命をかけるだけの理由がある。
沙羅は、この世界に来てから。
鳥一匹、小動物一匹の姿も、声すら、聞いていない事に気づかされ。
リス一匹、見かけていない理由が。
たまたま見かけていないだけ、なんて言う言葉で、納得するには異様すぎる。
大きな木が一本倒れるという、異常事態に。
騒ぎ出さない動物は、いないだろう。
これだけ、ほどよい生活環境が、あるにもかかわらず。
横穴から、水を、森の中へ垂れ流していたというのに。
それを舐めるために集まったのは、虫だけ。
飲み水を流していれば、自然に集まってきそうなものである。
だからこそ、安全に過ごせていたのだろうが。
水の匂いに誘われて、動物が集まってこないコトが、異常なのだ。
「動物が、ここに立ち入らない理由は、何なのでしょう?
近くとはいえませんが、人里があるんです。
人が、ココに踏み入れない理由は、何でしょうか?」
村から、人が歩いて到達できるだろう距離に、沙羅達はいるのだ。
家を建てるために。
あるいは、木の実・薬草を採るために、狩りをするために。
日帰りが難しいのなら、山小屋が、あってもおかしくない。
人が森に入る理由が思いつけば。
人の手が、入ったような痕跡すらないのは、不自然だ。
獣道ぐらい、あっても良いものだ。
「それこそブルーばあちゃん、じゃないのか?」
「沙羅様、ソレはないですよ。
普通に考えて、秋になれば、コレだけの自然です。
たくさんの実りが、あるのハズなんです。
一日で帰れない距離だとしても、作業だとしても。
中間地点に、山小屋の一つ作って、持ち帰るぐらいの事は、するハズです。
ブルーおばあちゃんに、遠慮しているなら、取り尽くさず、残していくのが自然です。
人も食べなければ、生きていけません。
採取しない選択肢は、ないと思います。
山の上から見た、生活感から察するに。
畑だけで、食糧が、まかなえるとは思いません。
まかなえているんだとしても。
この世界に、通貨があるのなら。
食料が余れば、金銭に換える事だって、できます」
人が近くに住んでいるにも関わらず。
この森が、手つかずになる理由がない。
沙羅は。
ダメ子から、次から次に出てくる疑問に答えられず。
ただただ、聞き手に、まわるしかなかった。
考えてみれば、当然の事だ。
その当然に、気づくことがデキなかったと。
ただ、舌を巻くしかない。
毎日を、必死に生きる事に精一杯で。
ダメ子の名前すら、考える余裕がなかった。
そんな言い訳が通じるほど、この世界が甘くない。
「そもそも、私達が、半日で、たどり着こうとしている道のりですよ?
この森を良く知った人なら、奥まで進んでも、日帰りで、帰ってこれるハズです」
沙羅は、もっとも、聞きたくない言葉が近づいてきているのを感じ。
視線を逃がせば、ジュライ子が、心配そうな表情で、話に聞き入っていた。
そして、ダメ子は、締めくくる。
「動物がいない理由。
人が立ち入らない理由。
いないんじゃなくて、逃げたあとなんじゃ、ないでしょうか?
立ち入らないんじゃなくて、入らないようにしているのでは、ないでしょうか?」
まのびしていた空気は、張り詰め、冷えていく。
「入らないようにしている理由は、ブルーおばあちゃんじゃなく。
そうさせない、「何か」が、いるんじゃ、ないですか?」
沙羅の右手は額に向かい。
一番、言われたくなかった言葉を聞いて。
ため息を吐き出した。
この森に、何かがいる可能性が。
沙羅の中で、高確率で、ありえる話となっていく。
もっと言えば、動物が逃げたあとなら。
人すら、手が出せないような何かが。
沙羅達の、すぐ近くにいるということだ。
全く何もない、と、思っている森。
ダメ子の話を鵜呑みにするなら。
爆心地は今、沙羅達がいる、ココなのだ。
「とってもキツイ、与太話だった」
「私、スゴいですか!?」
「お前は、自分を売り込むタイミングを、完全に間違えているからな」
「沙羅先生。今の話、ほぼほぼ、当たってるかも」
急に割り込んできたジュライ子は、木を撫で、今の推測を肯定した。
「確かに、鳥と動物は、ドコにも、いないみたい。
一年に一羽ぐらいが迷い込むようだけど、何かに気づくように、逃げて行くんだって」
推測が、確信に変わった瞬間だった。
こんなに、彼女らのスキルが。
実用的だった事は、あっただろうか。
キチンとした使い方さえすれば。
こんなにも使えるスキルの持ち主達なんだと、感心している暇もない。
「ジュライ子ちゃん。逃げなきゃならない、何かが、いるんですね?」
「いるね。竜騎士が暴走して、このあたりを、徘徊しているみたい」
木を見上げるジュライ子を。
ダメ子と沙羅の視線が、串刺しにした。
ジュライ子は、沙羅とダメ子の視線に、とぼけた笑顔を返し。
木の肌を、手のひらでやさしく撫でる。
「あ~、本当に最近の話みたいです、沙羅先生」
「ジュライ子さんや?
今、自分が、なに言ってるか、分かっていらっしゃるので?」
ジュライ子の視線は宙を泳ぎ。
沙羅に戻ってくると、両手が、ほほに向かった。
「あれ、もしかしてマズくない?」
「マズすぎるだろ!
命の危機レベルで、ヤバい話だっての!」
ジュライ子は、擦り寄るように。
立ち上がった、沙羅の足元に座り込む。
「私、役に立った?
頭を撫でてくれますか?」
「え? ジュライ子さんや。なんで、そういう話になってんの?
なに、報酬を要求してんだ、お前は?」
何も言わず、頭を沙羅の手元まで差し出すジュライ子の行動に。
沙羅は、無言の圧力を感じ、仕方なく撫で始める。
ジュライ子は、幸せそうな表情を浮かべ、次第に沙羅の腕に震えを伝えた。
「ん、どうした」
「死にたくない」
沙羅は「この場にいる誰もが、そう思っている」と、言う言葉を飲み込み。
震えながら、抱きついてきたジュライ子を、あやす。
「沙羅先生ぇ~。
人と動物を超越しちゃった、暴走竜騎士どうすれば良いんですかぁ?」
「うん。なんか、この流れに慣れてきた。全部、言ってごらん」
「大型動物が突進しても指一本で受け止めちゃって。
持ってる剣は、木を紙のように、両断しちゃう化け物ですよ!」
「ギリギリ、岩沢の範疇だな」
「岩沢ちゃんでも、ダメですよ!」
「なんでだよ?」
「どんなダメージを受けても、死なないんですから!
体がつぶれても、元どおりに、なっちゃうそうなんですよ!」
「ダメ子。竜騎士という名の、ゾンビらしいぞ」
「沙羅様。そんなホラーゲーム、あった気が、したんですけど」
「あ~。絶対、倒せないおばけが、敵として現れるやつな」
「確か、鐘の音でしたっけ? 警報機でしたっけ?」
「英語にしたら意味するところは一緒だなぁ?
あれ、倒しても、何度でも現れるしな」
ダメ子からの言葉を待っても、いつまでも言葉が返ってこない。
ダメ子の視線は、沙羅の背後に固定されたまま、表情が凍っていた。
沙羅は、その顔を見て、全てを理解する。
視界の端で岩沢が立ち上がり、右拳を握る姿が見え。
沙羅は、確信した。
全力を足にこめ、ジュライ子を抱え、体を前に、はじき出す。
闇雲に飛び出した、体の、すぐ右側を。
風を切る音と、銀色が流れていくのが見えた。




