森の方角とスカイブルー 2
コンパスだけ持っていた方が、まだ、可能性がある。
勘違いしがちだが。
真っ先に必要なのは、精密な地図ではない。
自分の現在位置を確認でき、進む方向を決める手段だ。
方向さえ正確に確認できれば。
ぼんやりとした地理でも、歩き続けることが可能になる。
だが、それでは、必要以上に時間がかかってしまう。
目的地に到着するため、安全に、大自然を進むには。
正しく現在位置を把握し。
途中で進む方向を、正しく修正する必要があのだ。
なんの装備もなく、知恵もなく。
コンパスが使い物にならない、富士の樹海に、興味本位で入いり。
帰れる確率は、恐ろしく低いのも、うなずける話しだ。
現地の人でさえ、体にロープを巻き付け、入り口から伸ばし続けて、捜索するのだから。
例外として、森に慣れており。
大きな空間を、庭のように把握しているなら。
どうにでも、なるのだろうが。
沙羅達に、そんな地理感覚があるわけがない。
森が庭だと言えるのは、境地的役に立つ、特殊技能なのだ。
万能の方法論として、空を飛べれば良いのだが。
ここに並ぶ人物達は、間違いなく、二足歩行の陸上生物である。
こうして、沙羅の思考は一周し。
思いつきに、花を咲かせるのだ。
「岩沢。お前のロックフィンガーで、まっすぐ道をつくれるか?」
「おお~。さすが沙羅さまぁ~」
ダメ子が、バカにしているのにすら気づかず。
「わかった」の、一言で動き出すから、岩沢は、岩沢なのだ。
「岩沢ちゃん! ちょっ、まっ!」
なんの迷いもなく岩沢は、横穴の外まで走り出し、沙羅の声も聞かないまま、地面に向け拳を突き立てる。
「弾けて、道になっちゃえ~」
「沙羅様、止めてぇ~」
岩や、石を思いのまま操る、お力は。
標高が三千を余裕で越えるであろう、山肌に、すべり台を構築したのだ。
闇雲に、この規格外の力を。
村があるであろう、方向に向かって、撃ち抜いたらどうなるか。
遭難二日目にして、村を崩壊させるという現実と、オチが見えるというモノだ。
最悪の結果を避けるために、大きな声を上げたダメ子の努力も虚しく。
岩沢の左手の甲が赤く光だし。
すぐに地面に変化が現れた。
小石が地面から生え出し、地面に転がっていく。
パラパラパラと。
むなしい音が、森の奥まで聞こえ、想像していた結果は、いつまでもやってこない。
「え~っと?」
「今は、素直に喜んだほうが良いですね、これは…」
沙羅の声に、ダメ子は、胸をなでおろし。
沙羅は、行き場のない感情を、横穴の壁に叩きつけた。
ダメ子は、咳払いを一つして、沙羅に、いつもの無表情を見せる。
「沙羅様。私もそうだから、やっぱりと、思っていましたが…」
「なんだよ」
「自分の領分以上のことはできないですよ、私達は」
「願いの話か?
ダメ子と岩沢は、今を救える方向性の力は、あるんじゃないのか?」
ダメ子は、誰かに助けてほしい。
岩沢は、この最悪な遭難状態を打破してほしい。
沙羅の願いの方向性で言えば。
人里にたどり着くため、というのは。
岩沢と、ダメ子の領分であると、言えなくもない。
森踏破は、この二つの思いに、そった願いにも思える。
ダメ子は、過剰解釈だと言いたいのだろうか?
話は、そんなに、ややこしいモノなどでは無い。
「違います。「遭難状態の打破」は、言い換えれば、この横穴生活を、何とかするための力なんですよ。
しかも岩沢は、何から生まれましたか?」
「何が言いたいんだ?」
「つまり、岩沢は、岩や石に対する力しか持っていないのですよ。
今の結果で、確信しました」
この理屈でいくなら。
岩肌を、すべり台を作り変えたり、階段を作り上げた力の説明は、つく。
今いる山は、言ってしまえば、大きな一つの岩の塊なのだから。
厳密に言えば、土は違うが。
砂は石や岩に分類できるのだが、ダメ子が言いたいのは、そんなことではない。
土の大地と、緑の空間に対して。
岩沢が力を行使しても、存分に力を使えないと、言うことが言いたいのだ。
「それで行くなら、ジュライ子、最強説が浮上だろうに」
「え、私?」
気の抜けたジュライ子の返事の横で。
話についていけない岩沢は。
結果に納得がいかないようで、外で、何度も拳を突き立てていた。
繰り返すたび。
石が地面から浮き出て、地面にパラパラと散るだけを繰り返しては、頭を傾げる。
「さ~らぁ~」
「ばっ! お前! 突進は勘弁しろ!!」
沙羅に全力で避けられ。
地面に転んだ岩沢は、ついに泣き出した。
話が、ブッツリと切られる側の苦労も知らずに。
岩沢は、沙羅に、地面に寝るよう指さされ。
どこまでも素直な岩沢は。
全力で突進を回避する沙羅に言われるがまま、地面で頭を撫でられ、メンタルの回復にまわった。
「沙羅が、つめたい。膝枕してくれない」
「うん。それは、人間規格に、なったらしてやる」
「どうすればなれるのぉ~」
「良い子にしてたら、なれるよ~」
「わかった~。岩沢、いい子にするぅ~」
岩沢の世話は、人の身に余ると、噛み締めながら。
しばらくは、口先で、ごまかしながら、教育しなければならないと、沙羅は、強く誓った。
「で、だ、な。ジュライ子」
「沙羅様。なんか私、馬鹿らしくなってきた」
「馬鹿野郎!
ここで、やる気を失ったら、明日は、もっと、やる気が無くなるだろうが!」
「そうですねぇ~」
「で、ジュライ子最強伝説よ」
もう、結論をさっさと、だしてほしいダメ子と。
沙羅の期待の視線を受けたジュライ子は、髪の中から粒を取り出す。
二人の顔を見つめ、震える指先が、地面に粒を埋めた。
「さ、さぁ~。みなさん、ごいっしょに?」
「ジュライ子は、食糧倉庫の立ち位置を主張しているわけだが、ダメ子さん」
「ジュライ子ちゃんなら、草木と、話ぐらい、できると思ったんですけどね」
「え? できますよ?」
ハッキリと言い放った言葉に、二人は固まった。
ジュライ子は、二人の反応に戸惑い、両手を広げ、小さく期待を拒絶する。
「草木、お花も、そうだけど。
種が舞って、地面に根を張って、成長して枯れるまで、その場を動かないの」
「なんとなく、言いたい事が伝わってきたけど、ハッキリ言ってくれ」
「だからね、自分の回りのことしか知らないの。
誰が通ったとか、昨日の天気とか、土に栄養がないだとか。
動物みたいに、動き回るわけじゃないから…」
「周りの木に聞いていけば、分かるんじゃないのか?」
「言い方は悪いけど、勝手に生えて、勝手に種をまいて、勝手に枯れていく。ソレが植物なの」
「ほかに興味がない?」
「違うよ、他、という考えがないの。
コミニュケーションする必要がない植物に、相談してほしいって言っても、無理だよぉ~」
「ちなみに、ジュライ子は?」
「それは…」
チラチラと沙羅を見るたびに、頬が赤くなっていくのが、全ての答えだろう。
「ジュライ子ちゃん。なんで、このタイミングで沙羅様に、こび売ってやがるの?」
「ち、違いますよぉ~」
「コレコレ、俺のために争うんじゃない」
ジュライ子とダメ子の視線が、ふざけた沙羅を突き刺す。
「ご、ごめんなさい」
「今のは、沙羅様が悪いですからね。で、どうします?」
「ちゃ~」
叫びにも似た甲高い声が、足元から発せられる。
ブルースカイは、肩で息をしており、顔には、汗が浮かんでいた。
すぐに、沙羅の膝に痛みが走る。
「イッテェ!」
ブルースカイの両手に握られた、細い日本刀の先が、沙羅の膝に刺さっていた。
「ブルースカイさん、洒落になってないんですが!」
あいもかわらず。
足元から、ちゃっちゃ言ってる、ブルースカイの必死な姿に。
沙羅は黙って、日本刀を摘み上げた。
膝をさすれば、刺し傷独特の痛みが走り。
膝までズボンをたくし上げ、見えた傷口には、うっすらと血がにじんでいる。
「おいたはダメだぞ、スカイブルー」
取り上げられた刀を、取り返そうと。
必死にピョンピョン、はねる姿は、なんとも愛らしかった。
「沙羅様。ブルーは、癒し要員ですね」
「ブルーって言うな、おばあちゃんが、出てくるだろうが」
言葉に反応するように、ダメ子の鼻から、空気が必要以上に吐き出された。
「細かく馬鹿にしたな、お前」
「し、してませんよ」
沙羅は、指先に違和感を感じ。
視線を刀をつまみ上げた指を見れば。
パタパタと飛び、日本刀を取り返して、満足そうに掲げるスカイブルーが、ソコに居た。
皆の眼前を、おもちゃの鳥みたいに、パタパタと飛んで見せ。
まるで、憎き敵を討ち取ったと、いわんばかりに掲げられる、つまようじ刀。
今、こうして。
村に行こう企画。
最大の問題である、方角問題解決方法が、今。
小さな体によって、示されたのだ。
「ブ、ブルーが、が飛んだ!」
「沙羅様、これで先に進めますよ!」
「ああ、そうだな!」
「沙羅先生、よかったね。ブルーが飛んだから…」
三人の視線は、スカイブルーから、互いの顔に向かい、頷きあう。
「ブ、ブルーが飛んだ!」
鼻から口元に落ちていく感情は、次第に腹筋を刺激していき。
声が出ないよう、沙羅は地面を叩き。
ダメ子は奥歯をかみ締め。
ジュライ子は全身に力を入れる。
だが、我慢すれば、するほど。
こみ上げる衝動に、皆の顔と体は、地面に向かっていく。
三人は、床に這いつくばり。
なんだか分からない岩沢は。
震える三人を見渡し、思いついたように、言葉を発した。
「沙羅、ダメ子、ジュライ子、アウト~」




