14話 すべり台でGo! 1
「ドラおじちゃん、いじめちゃだめだよ~」
「岩沢よ。お前の認識が、じいちゃんから、ばあちゃんになるのは、いつなんだ?」
「ばあちゃん? じいちゃんだもん」
「うん…。もう、それで良いよ…」
岩沢が、珍しく会話の最前線に割り込み。
沙羅の手からスカイブルーを奪い、肩の上にのせた。
すっと整った顔が、涙と鼻水で、グチャグチャのまま。
必死に、スカイブルーを守ろうとする姿に。
沙羅は、何もデキなかった。
「ドラちゃん、今、助けてあげるからね」
「岩沢よ。もう、ドラちゃんは、固定なのか?
もう少し、話に、ついていこうぜ?」
沙羅の言葉も聞かず。
暴走を続ける岩沢の右拳は、顔の前まであげられ、左手が、ひじにそえられる。
「まさか…」
「ろっくふぃんがぁ~」
なんとも、しまらない声が広い空間に反響し。
岩沢の声とは違い。
暴力的に、力で地面を粉砕する姿に、皆を唖然とさせる。
肩に乗っている、ブルースカイが、へたり込んでも仕方ない。
落ちたら、下敷きになっていたのだから。
地面に突き立てられた、右腕の周りに、変化はスグに訪れる。
砕け散った石が、地面の岩が。
意思を持ったように、ウネウネと波打ち、岩沢の腕に集まり。
四角い粘土が、手も触れていないのに。
形を変え、一つの形を作りあげていく。
「ソコまで、万能なのか…。オマエのソレは…」
問題は、ソコではないが。
食べた岩・石だけではなく。
その手で触れたモノすら、自在に操れるなら。
石・岩という素材の概念、そのものを変える力だ。
運ぶ必要がなく、削る必要がない。
思えば、移動し、複雑な形ですら作り出せるなら。
こんなに便利な素材は、存在しないだろう。
強いて、残念な事と言えば、それが金属ではない事だが、十分だ。
鉄筋コンクリートは、高層ビルでも必要にならない限り、必要ないのだから。
ソレを差し引いても、現状、木材を削り出すより、よほど便利で強度が高い。
岩沢自身が、そう思っていなくても。
遭難生活改善の願いの影響は強いのだ。
岩沢の巨大な、岩と言う鈍器。
地面から抜き出された右腕は、言葉通りのロックフィンガーであり。
ロックアームなのだ。
岩沢から無骨に生えた、腕と言うには大きすぎる塊は。
岩沢の真後ろの壁に向けられた。
「マズい!」
とっさに踏み出した足が、届くわけもない。
今、間違いなくこの中で、身体能力最強は、岩沢なのだから。
テレビで見るアスリートなど、比較にならない。
この一瞬だけで、人という枠を超えた、人の形をした別の生き物だと理解させられる。
たった一歩で、はじき出された、岩沢の体は、すぐに壁際まで飛んでいく。
圧倒的な馬力が生み出すスピード、ソレを支える反応速度。
生まれて間もないと言うのに、自分の体を当然のように、使いこなしているのだから驚きだ。
沙羅が、次の一言を口にする間もないまま。
鈍い破裂音が、大音量で鳴り響いた。
体が大きすぎる子供の腕は、まっすぐ外へ向けられ。
砂埃の向こう側に、人一人が通れるほどの穴が浮かび上がる。
周りに飛び散る石。
力任せに殴りつけたせいで、大きくヒビが入り、崩れ落ちようとする岩肌。
このまま、沙羅達がいる空間が崩壊しても、おかしくない。
その中で。
ハッキリと見える赤い光が。
岩沢の胴の脇にそえられた、左手の甲の中央で、光る。
壁を砕いた右腕は、地面に、ドスリと置かれ。
すぐに突き出された、左手の光に呼応するように。
衝撃で砕け散った岩沢の腕、壁のガレキが、岩沢の左手に向かっていく。
岩と言う岩。
石という石は、彼女のモノなのだと。
どうにかデキない方が、あり得ないのだと、見せつけるように。
岩沢の赤く光る左手のひらの中に、飛び散った石が、岩が消えていく、
大きなヒビが、キレイに消えていく。
そして、想像された大崩壊は、うそのように静まり返った。
「おいおい、マジかよ…」
地面に、べったりと尻餅をついた沙羅は。
事の一部始終を見て、深く息を吐き出した。
この力を持っているのが。
一番、精神的に幼い岩沢だという事実が。
沙羅に、岩沢が非常に危うい存在なのだと見せつける。
その姿だけなら。
銀色の白い髪をなびかせた岩沢が。
常識外れの光景が、なおさら、そうさせるのだろう。
幻想的で、キレイだと思わせるのだから。
岩沢は、まだ気に食わないのか。
正面の壁に、三人は並んで、通り抜けられるほどの穴を作り上げ。
沙羅の気持ちも知らず。
岩沢は、後ろを振り向き。
ヒヤヒヤしていた、三人に向かって、スッパリ言い放つのだ。
「わたし、ブルースカイちゃんと、下で遊んでくるから、反省してね!」
「え、下?」
頭が、展開についていけない沙羅は、こんな間抜けな言葉しか返せない。
だが、岩沢は、皆を、置いてけぼりにしていく。
岩沢は、地面に対し、再度、かわら割のごとく腕を振りぬき。
「すべり台になっちゃえ~」
「ビビデ、バビデ」
「ダメ子、そういうの良くないと思うぞ、オレは」
「なんか、どうにでもなれって、気持ちなんですが?」
「奇遇だな、オレもだ」
つきたてた拳の先に。
岩のわだちが、見えない車でも走っているかのように、山肌を走る。
山の下まで走り抜けたわだちは。
岩沢の声とともに、砕け散った。
「かんせ~い」
ガラスが砕けるように岩が舞い。
砕けた岩の下から、鏡のように、なめらかな表面が現れる。
「うっそぉ…」
ウソなどではない、ファンタジーである。
岩沢は迷うことなく、でき上がったすべり台に座り。
「いくよ、ドラちゃん」なんて、明るい声とともに、視界から消えた。
「うっそぉ…」
ウソではなく、事実である。
沙羅の視界から、消えるさなか。
肩でにしがみつき、涙を流しながら。
「ちゃ~」と、叫ぶブルースカイの声は、岩沢に届いていなかったが。
助けは、シッカリと、全身で訴えていた。
「本当に、不憫なヤツだ…」
そうしたのは、この男である。
ブルースカイは、必死だろう。
岩沢の肩から放り出されれば。
虫のように、潰されてしまうのが、分かるのだから。
落ちたら、即死の暴走列車の屋根の上に、乗せられているようなモノだ。
飛び散って周りを舞っていた、岩や石の破片が、凶器に見えていただろう。
前も後ろも、死に神が立っている。
ソコを動けるわけもなく、必死に捕まっているしかない。
岩沢の動きに耐えられず。
泣きながら、上下に全身が揺られ。
岩沢の肩に、全身を何度も打ち付ける彼女は。
岩沢の、白く長い髪の毛の中で、何を思っただろう。
ブルースカイを、イジりすぎたのも分かる。
それは、沙羅が全体的に悪い。
岩沢が、かわいそうだと言うのも分かる。
ソレも、沙羅が悪い。
その中、言葉で訴えられない彼女は。
目で、沙羅に助けを求めていたが。
彼女の意思は、いったい、ドコに行ったのだろう。
沙羅は、デキ上がったすべり台を見下ろせば。
すべり台と言うには、カワイすぎる光景に腰が抜け。
その場に座り込み、恐る恐る、下を再度、のぞき見た。
着地点が見えない、滑り台。
安全地帯と言っていた、あぜ道が、まち針のように細く、かすんで見える高度。
「高すぎるだろ、マジで。コレを滑って行ったの? アイツ?」
正面には空。
真下には緑。
雲が、ふんわりと視界を塞ぐ。
冷たい風が吹き抜けるココは。
空気が薄く感じられて、当たり前なのだ。
ロープ無しバンジーを味わった直後だからか。
ひやりとしたモノが、背筋を抜けていく。
ココから、少し横に飛び出せば。
大きな凹凸のある急斜面を転げ落ち。
そのまま潰れて死ぬのだろうと、容易に想像できる光景に。
沙羅は身震いを隠せない。
岩沢が、すべり台と言い切った代物は。
公園にあるすべり台が、どれだけ、安全性について考えているかを、教えてくれる作りだ。
この遊具の企画は、子供ではなく。
岩沢に、合わせられているのだと思い知る。
すべり台は、途中で止まれるぐらいのスピードで、落ちる角度になっている。
正しく遊べば、ケガをしないように、考慮されているのだ。
長いすべり台に関しては。
スピードが落ちず。
そのまま、下まで滑る頃には、摩擦で、お尻が焼けてしまわないように、ローラーにするのだ。
左右に、落下しないようにガードを。
途中で止まれるように、手すりを。
子供が思いついてしまった、命が危なすぎる遊び方以外でなら。
安全に使えるから遊具なのだ。
今の標高は、正しくは分からない。
雲が下に見え。
雲間から真下を見ているのだから。
とてつもなく高いと、理解するには、十分すぎる光景だ。
太陽の光を跳ね返すほどの、鏡面仕上げの、急勾配すべり台を、滑り落ちれば。
すぐに、トンでもないスピードになるのは、想像がつく。
岩沢企画のすべり台は。
三人同時に滑り降りることが、できそうな幅はあるが。
手すりも、こぼれ止めもない。
学校の階段に板をおいても、、コノ角度にならないだろう。
急勾配というエグさで存在している、眼の前のそれは。
人間様には、とてもではないが。
滑り降りようなんて発想が、まず出てこない。
滑り台から脱線するか。
体勢を崩した時点で。
真下に、落ちることになるのだから。
距離にして、推定二・三キロ以上ある急勾配の斜面を滑り降りるため。
ダンボールを持ってきても、一か八かの賭けになるだろう。
しかも途中停止は、できない。
デキたとしても長くは、もたないだろう。
この斜面を下る、一番の方法は、減速しながら、ゆっくり下ることだが。
足で減速し続ければ、足を痛め、やり方を間違えた時点で、転倒して、落下する。
石・岩の女神様が作り出したすべり台は。
断崖絶壁から突き出るように、真下まで続いており。
キレイに、一定の角度のまま、まっすぐ、真下に向かっている。
まさに、殺人的すべり台が、今、ここに誕生したのだ。
誰も滑らないすべり台として、ギネスに、挑戦できてしまうだろう。
と、言うことは。
断崖絶壁のコノ山が、頂上から麓まで。
滑り台を作るのに都合良く、なだらかな坂に。なっているわけがない。
山、本来の斜面から。
基本的に突き出た岩肌を、滑り落ちると言うことだ。
滑り台が一定の斜面を保って、下まで向かっているなら。
滑り降りれば降りるほど、自分の位置は、山肌からドンドン、離れていく。
最悪、岩肌に飛び移るなんていう荒業は使えない。
そう、失敗時の救いは、ドコにもないのだ。
着地点は、森の中の方まで伸びている。
先に滑り出した岩沢だと思われる米粒が。
弾丸のごとく滑り落ちる姿は、滑り落ちるとは表現しづらい、落下現象に成り果て。
沙羅の目と心に、恐怖を植えつけた。
岩沢の肩に、しがみ付いているブルースカイは。
間違いなく、トラウマを抱えただろう。
「アイツ、俺が想像している以上に、体重あったんだな…」
「沙羅様。ソコじゃ、ないですからね?
現実を直視してくださいね?」
いくら傾斜がキツイと言っても、岩沢の落下スピードは、尋常じゃなく速い。
その体重が、100キロでは、きかないのは、その落下スピードの速さから伺えた。
幼くても良いと、ベッドインした瞬間に、喘ぎ声を上げるのは、男性側だろう。
腕枕をすれば、片腕は、砕け散るのである。
岩沢の背中が米粒以下になるのに、長い時間は必要なく。
大きな鉄の玉を、上空から落とすように、岩沢の姿は、景色に消えていった。
楽しそうな岩沢の声に混ざり、かん高い奇声を残して。
甲高い声は、ひらがなの「ち」を全力で叫んでいた。
「ブルースカイを助ける?
岩沢…。お前が、とどめを刺して、どうするんだ?」
皆に散々笑われた直後。
岩沢の肩で、手を離したら人生が終了する、絶叫マシーンに乗せられた、龍様は。
世界広しと言えど、ブルースカイだけだろう。




