12話 ブルー 1
眠気を感じて、眠るのではなく。
力尽きて、目が覚めるということを繰り返す。
この感覚を理解できる人は、どれだけいるのだろう。
眠気を感じ、寝て目覚めれば。
すっかり、元気になっているものだが。
力尽きて寝てしまった場合は、別だ。
力尽きて寝ているときは。
なにか追われており。
目を覚ますときは、疲れが抜けたときではなく。
体が動けるようになったとき。
目覚めとともに、体の重みや重い眠気。
頭痛などに、さいなまれることになるが、コレに耐えなければならない。
なぜなら、やることがあるからである。
やらなければ、いけないことが、ココにあるから。
解決する前に、寝るという選択肢がないのだ。
段々と深くなっていく辛さは、耐えられないことはないだろう。
だが、寝ている間。
我慢していた苦しみから開放され。
目覚めれば重たすぎる体が素直に、反応したとき。
コレに耐えられるかどうか。
まるで、毒でも飲まされたかのように、疲れという毒は。
寝落ちする前には、感じなかった、ヤバさを。
全力で訴えるというモノだ。
目覚めて、耐える。
沙羅は、何度目になるか分からない、辛い目覚めに。
うんざりしながら、目を開けば、三人の顔が並んでいた。
「沙羅様、体を起こしてください」
ダメ子から、まじめなセリフを、聞いた事に沙羅は、驚きを隠せず。
「お前、そんなに素直な顔が、できるじゃないか」
「なに、言ってるんですか?」
態度も、声も。
沙羅を労っていると、感じるには十分な物が、沙羅の耳と目に伝わる。
周りには、風化して丸くなった岩肌の、広い空間が広がり。
真上を見れば、空が丸く切り取られていた。
中腹とは、よく言ったものだ。
頂上付近に、これだけの空間があれば。
頂上ではなく、中腹と言っても許される日本語の妙。
この空間が、山の頂上でないのなら、中腹と言わざる得ない。
「そんな顔を、している場合じゃありません、さぁ」
と、体を起こすのを手伝ってくれる、献身的なダメ子に。
沙羅は、違和感を感じながら頭を振れば、ソレは、ソコにいた。
沙羅の目を、覗き込んでくる大きな丸い青。
青い丸が、顔の一部だと理解するまで、しばらくかかり。
沙羅の体よりも大きな顔に、白く細長い角が、二本が生えた龍の顔。
ドラゴンと、龍と想像して、どのような顔を想像するだろう。
そのドレもが、当てはまらない。
毛に覆われた顔。
清廉さすら感じる、表情。
純白の毛に覆われた、モノが龍だと思うには。
岩沢の言葉を思い出さなければ不可能だ。
ゆっくりと、上っていく顔の後ろには。
白く細い、ダンプカーよりも大きい体が、長い尻尾を丸め。
よく見れば、キレイだと思った、純白の毛が生えた肌も。
所々抜け落ち、グレーのはんてんが、浮かんでいる。
誰の目から見ても、老いを感じさせる風貌。
老いてさえいなければ。
このキレイな、大きな生き物は。
真っ白な毛を風になびかせ、青い瞳で、大地を見下ろすのだろう。
そして、絵に描いたような美しさと、その力強さが。
見るモノに、様々な感情を植え付けるのだろう。
龍と呼ばれるモノが、高位の存在だと書かれる物語は、いくらでもある。
それは、龍が、高位なのではなく。
存在感だ。
なにもしていなくても、この存在が雄々しいと、神々しいと。
そう、思わせられるからこそ。
思ったところに、受けた印象以上の力を見せつけるからこそ、龍なのだと。
沙羅は、目の前の白い生き物にを見て、思う。
ハリボテでは、感じ得ない。
生き物であり、意思があり、意図があるから。
こんなにも、目に見えるモノ以上に、感情が震えるのだと。
だが、毛に埋もれた、大きな目の周りは。
膿んだようにボツボツが浮かんでが、白い毛がうまく隠している。
透き通った、青色の瞳をしていただのだろう。
瞳は、白く濁っているように感じられた。
老いで力がなくなったことを。
沙羅の目に、体中で主張しているのにも関わらず。
目の前の大きな存在は。
沙羅に、生物として格上だと思わせるには、十分な存在だった。
「まずは、名乗ろう。東大陸の白竜、ブルーアイと言う」
声は女性的だが。
まるで、ジャズボーカルのようなハスキーボイスは、沙羅の体に鳥肌を浮かべ。
耳を撫でる音は、生きてきた重さを伝えた。
「それは、名前なのか?」
低い声で目の前の竜は笑い。
楽しそうに龍は、口元を釣り上げる。
「ただの竜に名前など、ありはしない。
あるのは、通り名だけだ。便宜上、そう名乗っている」
「沙羅様。ブルーさんが、ドラじいちゃんです」
ダメ子が、軽く紹介している存在を、まともに目にすれば。
ドラじいちゃんなんて言う、生易しい存在ではないと、誰もが口を揃えて言うだろう。
白竜を、じいちゃん、なんて言う枠組みに落とせるのは。
おそらく、目の前の存在を、ただの優しい動物だと思える存在だけだ。
「…ああ、もっと分かりやすいオチを想像してた」
トカゲのくせに、ドラゴンという名前の長老だとか。
ドラという名前の、ただの老人だったら、どれだけマシだっただろう。
だが、五感全てで、理解させられてしまう。
ただの平民ですら、おそらく。
礼儀もろくに知らないというのに。
一国の王にするように。
ただ、うなだれ、頭を下げるしかないのだろうと。
ブルーは、ダメ子とのやり取りを、黙って見守ると。
沙羅の視線が、自分に戻ったことを確認し、口を開いた。
「見ての通り、老いぼれている。
もう、虫の寿命ほど長くない時間で、私は、朽ちる。
沙羅と言ったか? お前も、私も運が良い。
私が死ぬ前に、ココに、たどり着いたのだから」
「一人だけ分かってる論調、やめてもらえないか?
訳が、わからないコチラとしては、話の中身が欲しいんだが」
「面白い、私の姿が怖くないと見える」
「岩沢が怖がらないんだ。
敵意すら向けてこない相手を、こわがる必要もないでしょ?」
ブルーの喉がクツクツと震え、尻尾の先端が楽しそうに踊った。
「別の世界の人間よ。
よく、この世界に来た。中身といったな?
ならば、まわりくどい話は、いらないな?」
「おう、知ってることを教えてくれ。
急に、こんなところに放り出されて、途方にくれてるんだ」
「この世界には、東西南北の大きな大陸と、中央島の5つの島がある。
東西南北大陸には、国があるのだが、オマエは、東だけを気にしていれば良い」
「ここが、東の大陸だからか?」
「そうだ。この山は、通称白竜山と言われている。
東大陸の最東にある、大きな山脈に、ある山の一つだ。
沙羅、どうした体を震わせて?」
「やっと、チュートリアルだぁ…。長いよ、マジで」
チキンシグマ、ヘタレの心情を、沙羅は代弁した。
かるく、ライトノベル一巻目の、後半にさしかかるであろう、長い前置きである。
「それで、俺が運が良いって、どういう事なんだ?」
ブルーは、一度、目をつぶり。
少しの沈黙のあと、一言、一言、ハッキリと言葉する。
「それは、私が、お前を望んだ竜だからだ」
「そっかぁ~」
「恨みはないのか? もう帰れないのだぞ」
沙羅の顔には、笑みすら浮かび。
疲れたと。
二本足で立つには重すぎる体を、地面におろし、両足を投げ出す。
「そこまでハッキリと言われると、すがすがしいぐらいだよ。
ブルーおばあちゃん」
「沙羅は、私の性別が解るか?」
言葉を聞いた沙羅は、馬鹿みたいな大声で笑い出す。
頭に、パソコンに届いたメールの一文が、鮮明に出てくれば。
コレ以上の笑い話はない。
「男に一目ぼれでもしたのか、ブルーばあちゃん。
竜族は、みんな、そんな声なのか?」
「本当に面白いヤツだ。さて本題だ、沙羅」
ブルーは、震える四肢で体を持ち上げ、大きな翼を広げた。
沙羅は、誘われるように立ち上がり、大きな白竜を見上げる。
ブルーは、御辞儀をするように、頭を地面まで下げた。
「このブルーアイ。この生涯において、初めて下げる頭で願う。
この先の未来を、私に見せてくれ」
「どうしろと?」
ブルーは、沙羅の背後で、綺麗に膝を抱える三人を見渡し、言葉を続けた。
「沙羅の力は、物に命を与えるだけが、全てはない。
それは、力の一端だ。
沙羅が持つ力を、言葉にするなら、生命練成の法と、でも言えば良いか」
「生命練成の法? 魔法じゃなくて?」
「魔法で、神の領域に手が出せるほどの力を、この世界の人に、デキはしない。
沙羅の力は、魔法ではない。法だ。
一つの法を、コチラの世界の神は、お前に与え、この世界に、よこした」
「なんか、とりあえず感を、感じるんだけども」
「間違っていない」
「間違ってないのかよ…」
「正直、誰でも良かったのだろうが」
「誰でも良いんかい!」
「この世界の神は、基本的には関与することを嫌う。
だから、この世界とは、全く関係ない、沙羅なのだろう」
「なんで、俺を選んだのか詳しく知りてぇ~」
「おそらく、気まぐれだ」
「気分なのか! 気分で、俺は遭難してるのか!」
見てる側は、ビールが、さぞおいしいだろう。
「なんか、正直どうでも良くなってきた。
俺の力の事、もっと詳しいこと聞いて良いか?」
「すまないが、私が知っているのは、そう多くない。
私が望むから、よこしたのがお前だ、と、言う事ぐらいしか分からない。
生命練成の法に関しては、三度使った、沙羅のほうが詳しいハズだ」
「なんで、知っているんだ?」
「この山の下で色々やっていたのは、見ていた」
「なら、一番最初に登場して、良かったんだぜ!
「こうでなければ、そうしたのだが…」
ブルーは立っているのが、つらいのだろう。
静かに再度、身を沈める。
これ以上、仕方ないと、沙羅は、自分の両手を眺め。
まっすぐブルーの目を見つめた。
「さっきは、しばらく目覚めないと覚悟したんだけど。
この体を何とかしてくれたのは、ブルーばあちゃんだろ?
恩返しぐらいはしたい。だけど、な」
ブルーの言う未来を見せろとは。
つまり、老い先短いブルーに、沙羅の力を使えと言っている。
だが、三回も使っている、とはいえ、まだ経験が少なすぎるのだ。
よく分からないものを、おいそれと使う気にはもう、なれない。
使ったからこそ、この力の恐ろしさを、肌で理解できているのだから。




