10話 階段
「で、岩沢。ドコに入口があるんだ?」
「おくだよぉ~」
ジュライ子とダメ子を置き去りにしたまま。
二人は、横穴の中へ。
正面から入ると、カマドがあるメインルームがあり。
突き当たりを、左に曲がれば、湧き水スポットがある。
その途中に、地下水プールに、ジュライ子が作った野菜を浮かべている部屋。
岩沢は、突き当りで立ち止まり、何もないハズの右側を指差した。
「……。マジか」
ソコには、二人並んで歩いても余裕がある空間が、奥まで続き。
突き当たりには、螺旋階段が上へ向かい、伸びていた。
「これ、いつから作ってたんだ?」
「みんなで、いろいろ、お話していたから。
つまらないから、つくってた」
「暇つぶしで、こんなの作っちゃうお前は、スゴいよ」
「岩沢、えらい?」
「えらい、えらい。よくやった」
自分よりも背が高い女性の頭を撫でる、この男は、何なのだろう。
「お~い。ダメ子ぉ~、ジュライ子ぉ~、こっち来てみろよ。」
言われるまま二人が、穴を目にすれば、沙羅と変わらない反応を返す。
「コレ、スゴくね?」
「スゴいと言うか…。
なんで、岩沢ちゃんだけ、こんなにデキる子なのか、私は知りたい」
「よかったですね、沙羅先生」
「ん?」
「元気に、なったじゃないですか」
「お前も、スゴく可愛いぞ」
ジュライ子の頭をなで、相手を褒めているコイツは、何のなのだろう。
「沙羅様! 待遇に不満があります!」
「お前は、ちょっと黙ろうか」
「なんで、私は、可愛がられないのか…」
岩の壁を切り出して作ったような、キレイに整備された螺旋階段に足をかけ。
岩沢を先頭に、沙羅・ダメ子・ジュライ子が、つづく。
まるで子供のように、元気よく登っていく岩沢の後ろ姿。
大事な部分が、岩のような皮膚で隠れているとは言え。
かなりキワどい、ビキニを着ているようにしか見えない。
布じゃないので、ズレることは、ない訳だが。
中身は子供、体は大人な存在は、色んな意味で目に毒である。
「無駄にエロいなぁ…」
そして、何の脈絡もなく、話し出すダメ子さん。
「沙羅様、雲すら貫く、この山の標高って、考えたことあります?」
「何だよ急に」
「ただ黙って、階段上るだけ、っていうのも、つまらないじゃないですか」
後ろを振り向けば、ご自慢の機械羽を使い、斜めにホバー移動して。
楽をしているダメ子の姿が、目に入いった。
「なぁ、なんでお前の能力は、お前に都合良くしか、使えないんだ?」
「何のことですか?」
「ジュライ子を見てみろ。ちゃんと、足を使って、登ってるだろう?」
「そうですね」
「お前は?」
「飛んで登ってます」
「なんで?」
「楽だからです」
「ソレを、言ってるんだ」
階段を登る足音と、はしゃぐ岩沢の声以外、なにも聞こえなくなり。
しばらくの沈黙の後、ダメ子は、話の流れを強引にもっていく。
「曇って、最低でも、高度・五千メートル以上、上にあるんですよ」
ホントに、何の脈絡もない。
強引すぎて、沙羅は、何かを言う気も失せた。
横穴がある岩の壁。
この岩肌を見上げれば。
大きな山であるのだと、分かる。
外側の岩壁を、ロッククライミングして、登ろうという気すら起きない高さだ。
やれと言われたら、標高を、考えたくない大きさの山。
山の天辺が、雲の上に薄っすらと見えれば。
山を登るより、周りを迂回したほうが、楽だと、誰でも思うだろう。
こんな大きな山の周りを迂回したら、三角柱の形であろう、山の外周は、どれほどのモノだろう。
おそらく、車で一周しても、かなりの時間を要するのだろう。
岩沢企画「階段を作ったから登ってみよう」の穴が。
今、沙羅の目の前に、ズドンと落ちてきた。
「……。その中腹だから、最低でも2500メートル以上ってことか?」
「普通、階段一段の高さは、23センチ以下。
それで割ってください。何段あるんですか?」
「……」
「最低でも、一万と896段です」
「おまえ、人の心を、へし折るのうまいよな。マジで」
岩沢以外の気持ちが、真下に向かっていく中。
コレを作った本人は、鼻歌まじりである。
ピクニック気分で、階段をあがる様子に、なにも文句を言う気にもなれない。
登るよりだけよりも、遥かに、作るほうが大変なのだから。
作った上で、階段を簡単に上り下りし。
ケロリとしている岩沢の体力を、ココにいるメンバーと比べるほうが、失礼だろうが。
おそらく、どうでも良いモノに、はしゃぐ、子供に付き合う親の気分は。
きっと、こうなんだろうと、沙羅は、ため息を吐き出した。
「ジュライ子、水とか出せないか?」
「沙羅先生分なら、何とかなるよ?」
ダメ子は足を止め、背後を振り返る。
「私のは、ないんですか? ジュライ子ちゃん」
「私から出る、綺麗な水は、沙羅先生以外に飲んでほしくない…」
恥ずかしそうに頬を染めるジュライ子の姿に、沙羅は、心に誓う。
そんなもの、絶対飲まない、と。
間違っても、だ。
ドこから、その水が出るだとか。
聞くことすらしては、ならない。
生理的に問題のある場所から出て来る場合。
拒否する手段が、沙羅には、ないのだから。
「ジュライ子。
ソレは、あるって、言わないからな?」
「沙羅先生になら、なにをされても大丈夫です」
どうやら、ビンゴのようだった。
「お前の俺に対する感情は…。
そういう捻じ曲がりかた、してるわけか…」
これで沙羅に対して、彼女らが。
一応は、従順な理由が、分かったと思っても良いだろう。
卵から生まれた、雛の刷り込みではなく。
彼女達は、生まれた瞬間。
自分を作った人物を自覚し。
自分の生みの親に、無償の愛とやらを、無条件に持っている。
親が子供に対する愛を、無償の愛と呼ぶのか。
そんな事は、絶対ないだろう。
親は大人で、打算や思惑は、存在するのだから。
本物の無償の愛とヤツは。
なにもわからない子供が、親に対して向ける、好意なのかもしれない。
だからこそ。
どんなにネジ曲がった好意も。
汚してやらないのが、親の勤めなのだろう。
沙羅は、とりあえずジュライ子の頭を撫で。
喜ぶジュライ子の顔を確認し、今の話を、煙のように散らした。
「沙羅様、うまいですね。なんかズルいです」
「こうすれば、なんとか、なるんじゃないか、っていう思いつきは、馬鹿にできないな。」
そこで、会話は途切れ。
淡々と、階段を登るだけの時間が過ぎる。
かわりばえしない、石の壁は。
距離感覚を、ついには、時間間隔を狂わせていき。
沙羅が、登った段数を数えているわけもなく。
上下が岩で囲まれた閉鎖空間を、ただ、ただ、上に向かって進む。
同じく、登ってきた段数を気にし始めた時。
それは間違いなく、疲れてきた頃だからだ。
「今、ドレぐらい、来たんだろうなぁ?」
「沙羅様、それはですね~」
「聞きたくない。マジで、聞きたくない!」
ダメ子は、律儀にカウントしていたようで。
今、どれぐらい来たか、正確に把握しているようだ。
こういうのは、時間指定ありで。
ただ、立っているだけの仕事をしている時と、同じだ。
やることもなく。
ただ、立ち続けるのは、時間が進むのが、ひどく遅く感じられ。
半ば拷問のように、立っていること以外の行動を、規制されているとき。
時間を確認し始めたヤツの、負けである。
秒針を見始めるようになれば、いよいよ極まってくる。
お釈迦様は言いました。
一番ツライのは、ナニもしない、デキないことだと。
沙羅達も、しだいに会話もなくなり、最初に沙羅が腰をおろした。
「岩沢、待ってくれ」
普段より、息の上がりも、疲れ方も早い体に、沙羅は違和感を感じ。
意識が遠のきそうな感覚が、波のように何度も押し寄せ。
皆の心配を、その一身に受ける。
「さらぁ、だいじょうぶぅ?」
休めば大丈夫だと、すぐに返す余力が体にない事を自覚し。
沙羅は、体を、グッタリと壁に、よりかかった。
「岩沢ちゃん。沙羅様を、おぶるのよ」
「はぁ~い」
と、沙羅の目の前に、背中が向けられる。
なにも考えず、ジュライ子達に促されるまま。
沙羅は、体を前に倒し、岩沢の背中にもたれると。
重力に、体ごと吸い込まれそうな疲労感が広がり。
ゆっくりと階段を登っていく、岩沢の気遣いが。
沙羅の意識を、曖昧なモノにしていく。
岩沢の背中は暖かく。
力の抜けた人を背負うほど、重い荷物はないのに。
岩沢は、チラチラと沙羅の顔を覗き込み、様子を見る余裕さえ見せる。
沙羅の視界は、安心したと、また前を向く岩沢の横顔だけが映り。
いつしかボヤけた景色は、深い眠りへ落ちた。




