遭難二日目 2
まず、探し始めるとして。
村や町が見つかれば、かなりのラッキーである。
街の近くに落ちていたなら、こんなことをしなくて良かったと、思えるが。
そんな中途半端な、ご都合主義があるなら。
こんな、遠回りをさせる意味が分からない。
村や町を見つけ出すのは、自力なのだろう。
見つからなくても、周辺の様子は分かるだろう。
一番、最悪のシナリオは。
街道や獣道すら、なにも見つからないケースだ。
地図もナニもなく、あてもなく、散策するのだ。
ほとんどの場合、こうなるだろう。
生き物すら見つけられないなら。
このあたりは、生き物が生きていけない環境にある、と、言うことになる。
そこまで、確実な散策が可能なら、だが。
怖がりながら、探すのだ。
今の環境に、結論を出すのは難しいだろう。
樹海が広がっていても。
緑が生い茂っていようと、些細な水があろうと。
それで喜ぶのは、虫だけだ。
哺乳類は、生活しやすい環境の中に、縄張りを持つモノである。
出会った生き物が、熊だったら、目もあてられない。
リスクを考えれば。
死んでしまう可能性がある時点で、森と崖は却下だ。
なら、山の外周を、まわって移動するか。
一番、マシにも思えるが。
外周を回ったところで、森の中の散策と、本質的には変わらない。
一撃ではないにしろ、死ぬリスクがつきまとう。
遭難する前には、普通。
周辺の、ざっくりとした地図を見ているハズなのだが。
それでも、自力で生存する事は難しい。
方向も、山の形も、周りの地理も。
全くわからない状況が、どれだけハードルが高いか。
何とか生存できるであろう、希望があるのがハードモードなら。
行ったら死ぬ可能性しか想像できない、この難易度は「デス」か「ルナティック」だ。
どうあっても、ほぼ、失敗する。
つまり、ドレをとったところで。
死んでしまうのだから、何をやったところで同じだ。
そう、結論は、非常に分かりやすく、沙羅の目の前に掲げられている。
「ここで暮らせってか…」
そうである。
ここからの移動を考えず。
現状の環境改善を考えたほうが、はるかに現実的だ。
なにも知らない。
ただ、それだけの事で、何も出来ない現実。
外を目指すには、時間と積み重ねが必要だ。
なんの準備もせず、外をめざそうとするから、全て失敗するのだ。
早く、外に打って出たい気持ちは強いが。
この現実を理解してしまえば、グゥの音もでない。
沙羅は、超人無敵な冒険者ではなく。
日本の若者であり、現代社会の申し子なのだから。
この、敬愛する大切な緑と。
大地の暴力に打ち勝つほどの、力があるハズがない。
道路や、公園に植えられている緑や自然は。
あくまでも、人の管理されたものだと、沙羅は思い知った。
なんで、人は集団生活を始めたのか。
自然が怖いからという現実に、打ちのめされそうだった。
「引きこもりサイコー説、浮上って…」
一人暮らしを始め。
社会人として、何とか、やってこれていた。
だから、一人で生きていける、と、思っているのは幻想だ。
社会人として、金を払って。
自分がやらない全てを、誰かに、やってもらっていたに過ぎない。
と、目の前の大自然は、沙羅に語った。
「沙羅様。なんで、そんなところで、丸くなっているんですか?」
朝一から聞きたくない、めんどくさい声。
「朝一から、辛気臭いので、やめてください」
「ボクは~。生きる気力を、失いそうだぁ~」
「沙羅様? 本当に、絶望してしまった感じです?」
「生きるって、ツラいな…」
「うわぁ~。これは、ダメなヤツだ…」
ダメ子は、そのまま何も言わず、横穴に戻っていく。
「ついに、見限られたか。」
沙羅は、地面に、汚れるのも気にせず、大の字に倒れ。
転がり、うつぶせに倒れた視界には、地面の小粒が見え。
特に意味もなく息で転がし、悲しい現実逃避を試みる。
その頭上に、影がさした。
「いきなさい、癒し要員。今こそ、その属性を、フルに生かすときよ!」
沙羅が顔を上げると、綺麗に折りたたまれた、茶色い太ももが見えた。
「沙羅先生。お疲れのようですら、まずは、頭をココに」
ジュライ子は、沙羅の頭を掴み、首が取れそうな力で頭を引いた。
「いたたたたたた! 力加減!」
痛みを避けるように、太ももに頭をのせれば。
大きな二つの塊の向こう側に、ジュライ子の顔が見えた。
ジュライ子は、沙羅の頭をやさしく撫で、微笑む。
「お腹すいた? お腹一杯になれば、元気になるよ?」
癒やし要因ジュライ子は、あからさまに癒やそうとした。
「もう、菜っ葉は、食べたくないんだよぉ~」
ダメ子には、確かに、ピシッと言う音が聞こえ。
空気が、凍りつくのを感じた。
表情に出てはいないが。
ジュライ子の笑顔が、完全に凍りついているのを、見逃さない。
だが、ジュライ子はめげない。
「葉っぱの布団で、ふかふかにして。
一眠りすれば、暗い気持ちも、ドコかにいくよ」
「羽毛か、綿のクッションに。
パリッとしたシーツの上で、ふかふかの布団を、かぶって寝たいんだよぉ~」
ダメ子は、ジュライ子の眉間に、一瞬、皺がよったのを、見逃さなかった。
「沙羅先生は、がんばった。ツラいよね…。
でも、がんばらないと! ココで諦めたら終わりだよ。
沙羅先生は、一人じゃないよ? 私達もいるから、一緒にがんばっていこう?」
ダメ子は、ジュライ子のくじけないその姿に、性格のよさを確信する。
途中で投げだし、かんしゃくをおこして、ドコかに消えるオチを想像したが。
本当に、沙羅を大切に思っている。
ダメ子の心に、生まれて初めて湧き上がる、あったかい気持ち。
ダメ子も、沙羅が嫌いなわけではない。
表現方法が分からないだけなのは、ダメ子自身も自覚していた。
「私にも、あんなふうに、できたらよ良かったですねぇ~」
ジュライ子の包み込むような、やさしさが、自分にもあったら。
何から生まれたかは、関係ない。
自分と言う魂の問題だ。
ダメ子は、素直に、ジュライ子に憧れの視線を送った。
「諦めれば、全部、終わりって事だよね?
むしろ、お前らと一緒って、言うのが、何よりも不安なんだよぉ~」
沙羅の包み隠さない本心だった。
望まれた流れは、ドコに行ったのか。
ダメ子は、膝から崩れ、地面に手をついた。
「ジュライ子ちゃんでも、ダメなの?
今の全否定は、どうしようもない…」
ジュライ子の顔は、空に向かい、沙羅を撫でる手は、震えていた。
「私じゃ、役立たず…」
瞳のない黒一色の外郭から、しずくが流れ始める。
体を震わせ、ながす、純粋な涙は。
心の折れた、沙羅の顔に落ちる。
こうして、ようやく目が覚め、横穴から出てきた岩沢の目の前に。
よくわからない修羅場が、デキ上がっていた。
何かに絶望するダメ子。
空を見上げ、本気で泣き出すジュライ子。
ジュライ子の膝の上で、呆けた沙羅。
「みんなでぇ、なにして遊んでるのぉ? ズルい、私もまぜてぇ~」
「うるさいわよ、岩沢ちゃん!
今、とりこんでいる真っ最中なの!
いまごろ、起きてきて、何してたの?」
「え? 沙羅が、げんきなかったから。
げんきになってほしくて、あな、ほってたの」
「そんなことして、なんになるのよ」
「え~。がんばってぇ、おやまの、まんなか、ぐらいまで掘ったのにぃ~」
そのセリフに、沙羅の体がピクリと反応する。
「そしたら、ドラじいちゃんがいて、お友達になってきたのにぃ~。
みんなで、遊びにいこうよぉ~」
「…ドラ爺さん?」
「うん~。でっかいドラゴンの、おじいさん。やさしいんだよぉ~」
沙羅は、ゆっくりと立ち上がり。
体についた土ぼこりを、静かにはらう。
「岩沢? もしかして、天辺まで掘り進む気だったのか?」
「そうだよぉ~。ちゃんと、かいだん作って。
みんなで、上に行くけるようにしたから、遊びにいこうよぉ~」
沙羅は、体をほぐすように、腕や首をまわし、大きく息を吸い込んだ。
「い~わ~ざ~わ~、可愛いぃぃいいいい!!」
二十代男子、全ての肺活量を持って、吐き出された声は、よどんだ空気を吹き飛ばし。
「やった~」と、岩沢の、まのぬけた声が、大自然に響いた。




