九話 遭難二日目 1
沙羅は、横穴に差し込んだ光を感じ。
ゆっくりと、疲れた体を起す。
太陽一つと、横に小さな月が並んで上る、切り取られた空。
こんな光景だけが、今いる場所が、別の場所と教えてくれる。
沙羅は、ココにきてから、何度目になるか分からない、ため息を吐き出した。
そもそも突入から、めちゃくちゃだった。
ついていけない展開に振り回され。
気づけば、ココにいた。
いろいろな束縛から解放され、すごい力で、楽に冒険できるような。
異世界冒険譚を期待していたときが、沙羅もあった。
だが、期待だけは、裏切られ続けている。
これだけ続けば、ワクワク感も、勝手にしぼむ。
この世界を味わう時間も、なにもない。
ある意味、味わいすぎて。
考えている暇が、全くない。
もっと自由で。
アクティブな環境を想像していた沙羅を。
現実とのギャップが、全て否定する一日目。
ベットに慣れた体が。
急に、高反発・岩マットの上で寝ろと言われても、落ち着かず。
疲れに身を任せ、朝日と痛みで目を覚ませば。
複雑な気持ちにもなる。
そもそも、この世界に来て早々。
「生きる」ということが、目標と言うのは、どういうことだろう。
魔王を倒すとか。
なにかを救うとか。
悠々自適に、毎日を過ごすとか。
かすんで見えてくる。
沙羅は、横で三人仲良く、固まって眠ている姿を尻目に。
横穴の外で、朝日を体中で浴びる心地よさを、全力で味わった。
早起き、唯一の報酬である。
ただ、目が覚めてしまっただけ、なのだが。
こんなモノを、味わうために、ココに、いるわけではない。
朝食ついでに、水路に浮かべていた、菜っ葉を、ひとかじり。
適度に冷えている菜っ葉は、ヘルシーだった。
朝食に向いているのかもしれない。
だが、シャクシャクと奥歯で噛み、飲み込めば。
なんとも言えない気持ちが。
胸の奥から、じんわりと湧き上がり、涙腺を緩ませる。
遭難した場合、その場を動かないのが鉄則だ。
遭難したことが判明し。
助けが探しに向かうとき。
遭難ポイントから動いてしまうと、追跡できず。
探し出せないからだ。
なくし物と同じだ。
不意に、どこかに行かれてしまうと、難しいのだ。
いくら記憶をたどっても。
行動を、振り返ってみても。
探しものは見つからず。
捜索範囲を広げ、たまたま見つけることに、すべてを賭けるしかなくなってしまう。
人命であっても、それ以上の方法はないのだ。
広範囲の生体感知センサーなんて、SFによく出てくる機械など、アリはしないのだから。
AIだ、オートメーションだ、リニアだ、情報社会だと言っても。
探す方法は、アナログである。
思えば、この鉄則は。
探す側の、一方的な都合しか汲み取っていない。
遭難した本人には、ソコで耐えろと言っているのだ。
そんな不条理を飲み込んで。
必死に耐えれば、助けがくるなら、まだ良い。
沙羅は、現代社会で遭難した訳ではなく。
この別世界に、ポッとあらわれ、勝手に来たヤツが、勝手に遭難しているだけだ。
見方を変えれば。
人里を離れて、ココで生活している、浮浪者と見られも、おかしくない。
拠点としてしまった横穴で、耐え続けるメリットは。
食・住を、最低限維持できること、だけだ。
それでも、ナニもないより、かなりマシだ。
衣・食・住ではないのが、最大の不条理だが。
そもそも、昨日一日で。
食と住を、一応でも、用意できたのは、かなり大きい。
最低・最悪な横穴生活でも、こんな事を思えてしまうから。
助けが来るだろう、遭難ではなく。
助けがこない、完全遭難なわけだが。
しばらくは、コレでなんとかなると、楽観してはいけない。
このままは、大変よろしくないのだ。
なぜなら。
昨日は、おいしかった菜っ葉も。
今日の朝には、もう、飽きてしまっているからだ。
菜っ葉は、菜っ葉だ。
キャベツは、キャベツでしかない。
調理され、味を変えたところで。
毎日、同じ食材であれば、すぐに飽きる。
調味料もなく。
生か、焼いたかの、変化しかつけられない、今。
飽きは、スグにくる。
飽きが来ないのは、米と小麦の特権だろう。
主役ではなく、丁度良い脇役で、あり続けるから。
飽食社会でも、絶対の立場を維持できるのだろう。
こうして、現実逃避している沙羅だが。
昨晩、調子に乗って、岩沢とジュライ子が、ぽんぽんと作った野菜が。
一番、冷える横穴の奥に、山積みにされている。
はりきる、ジュライ子が、嬉しそうに、やるもんだから。
食べない大義名分を思いつくまで、皆で、淡々と、むさぼった菜っ葉。
沙羅は、すでに、嫌気すら覚えていた。
どんなにおいしいモノも。
もっと食べたいと思っているウチに、やめておくべきである。
ダメ子が言っていた、ジュライ子の性格も、かなり問題だ。
岩沢とは、違うベクトルで、純粋すぎる。
ジュライ子の汚しちゃいけない良心を見せられると。
なにも言えなくなるのが、大問題だ。
ダメ子が気をきかせ。
横穴奥に、冷蔵室なんてものを、岩沢に作らせたのも、失敗だ。
ジュライ子が作るのだから、鮮度なんて、気にしなくて良かったとすら、思える。
やってみせることも、言うことも、正しいが。
よかれと思って、先を行けば、全て裏目に出るのが、さすがダメ子である。
いっそ、空気も読めず、バカだったら、かなりの部分を許せたかもしれない。
洞窟奥の、冷蔵室の作りは、シンプル構造だ。
四畳ほどの部屋を作り。
膝高まで床を下げ。
湧水を通し、簡易なプールを作ったのだ。
地下水を流し込んでいるから、常に、ある程度は冷えた水が、野菜を冷やし続け。
泥すら洗い流す、画期的な部屋では、あるのだが。
こんなモノを作ってしまったことを。
数時間後には、後悔しているんだから、話にならない。
日本では9月だと思い、夏場だと勘違いしていたのも、裏目に出た。
陽気は、間違いなく5・6月ぐらいに感じられる。
掛け布団も何もなく、寝るには、かなりキツい。
高反発・岩マットは、容赦なく体温を奪うのだから。
たき火台に、火をともしている間は、良いが。
消えると、寒くて、冷たくて、寝れたモノではない。
まわりにビルも、なにもなく。
大自然の風が、吹き抜ける横穴で、空気が滞留するわけもなく。
奥の湧水を、表に流し続けているのだから。
横穴の中は、川のそばで寝ているのと、何ら変わらない。
よく冷えた地下水が、沙羅達の脇を、常に流れているのだから。
火が消えれば、横穴の中は、よく冷えて当然なのだ。
日中、涼しい場所は、非常に嬉しい限りだが。
雑魚寝するには、沙羅の服装は薄すぎた。
Gパンとシャツだけの、コンビニ装備では、寒暖差に体が、ついていかない。
寒さを、体を丸くして耐え。
体中の筋肉が疲れたころ、やっと眠気がやってきたと思えば、この朝日。
全身のこわばった筋肉は、もう限界だと訴えていた。
大きく伸びれば、筋肉が、きしんでいるのを感じ。
今、動かなければ。
疲弊しきった体は、明日にでも。
疲れで、動く気力を失うと、おっしゃっていた。
一日、屋外で活動し続けたせいで、体中ホコリっぽく。
汗が、肌に張り付いている気持ち悪さも。
この状況に黒点を落とすのに、十分な理由だ。
さらに、「もよう」したときは。
虫との闘いに勝利し。
そのあと、デリケートゾーンの、かゆみと戦うことになる。
洗い流す手段は、横穴の外に流れ出る、水ぐらいしかないので。
小さな川の下流で、用をたすしかない。
そうなれば、姿を隠せる草薮の中に、入らなければならず。
人間、誰しも、用を足しているときは、無防備なものだ。
急に襲われでもしたら、対応できない恐怖感と、戦わなければならない。
トイレ一つ、とっても、命がけなのだ。
沙羅は、昇る太陽に。
内側で膨らむ、分かりやすい欲求を叫んだ。
「白米たべた~い!」
今は、高望みである。
「風呂、はいりた~い!」
火はあるが、施設がない。
「雨風しのげる、暖かな家で、布の上で、ねたぁ~い!」
まず、ぼろ布を手に入れるところから、始めなければ、ならないだろう。
ワンルームの自室を、面倒にも感じたこともあった。
もう少し、大きなところに、引っ越そうかとも考えた事もあった。
だが、風呂・トイレ一緒の三点ユニット、ボロアパートだとしても。
今よりは、コレ以上なく、マシである。
それどころか、ガス・電気。
エアコン、風呂・トイレ付きの居住スペースが、楽園にすら思えた。
自転車で走れば、コンビニで、食べたいものを、食べられる幸せ。
当たり前だと思っていた幸せから。
程遠い今を、なんとかしなければ、いつまでも、このままだ。
沙羅は、叫んで少し落ち着いた胸ををなでおろし。
方法論を、頭に、くみ上げていく。
今、取れる方法は、できる・できないにかかわらず、3つほどだ。
1、森をぬける。
2、崖を上る。
3、雲まで貫く山の外周をまわって行く。
ドレが正解だろう。




