ジュライ子 誕生 2
消極的に一口、口に含めば。
広がる甘み。
シャキシャキとした歯ごたえ。
噛めば、噛むほど広がるうま味に。
沙羅は、体が喜んでいるのを感じた。
野菜が、それほど好きではない、沙羅の口の上に広がる、本当の野菜の旨さ。
青臭さを、ほとんど感じさせない、上品な口あたりが、次の一口を、進ませる。
沙羅は、すぐに一枚を完食し。
次を催促する左手を、ジュライ子の前に差し出した。
「うまい、もっとくれないか?」
ジュライ子の曇った表情は、華やかに咲き。
手元は、頭部に向かう。
髪に、もぐりこむ二本の指先は。
小さな種のようなものを、つまみ出す。
そして、外見からは想像もつかない力で。
地面に対し、細い指先が、地面に突き立てられた。
沙羅が同じ事をやれば。
右手の人差し指と中指は仲良く、天に召されるのだろう。
この横穴の地面は、岩なのだから。
ナニをするのか、と。
沙羅がダメ子に視線を向けると。
ダメ子は、スゴく嫌そうな顔をしているのが、目に入り。
「なにが、始まるんだ?」
「見てれば、分かります」
きっと、ロクでもないことだけは、伝わってきた。
ジュライ子は、地面から指を引き抜くと。
パンパンと、胸元で、両手を打ち鳴らす。
「沙羅先生、少し、待ってて下さいね」
ロクでもない何かが、始まるようだ。
ジュライ子は、指を突き刺した真上に、女の子座りで腰を下ろし。
沙羅は、敏感に、不穏になっていく空気を感じ取る。
ジュライ子は、胴体を左右に揺らし、リズムをとり始め。
両腕を広げる姿を見れば、もう、確信に変わった。
「さぁ~、みんなぁ~、ごいっしょに!」
さながら教育番組でよく聞くフレーズだ。
歌のお姉さんの、掛け声にしか聞こえないセリフに、沙羅の表情は、引きつっていく。
岩沢・ダメ子は、この流れに、もう慣れたのだろう。
岩沢・ダメ子も、手拍子でリズムをとりはじめ、体を左右に揺らし始めた。
「今日も、おいしい野菜が出来るかな~♪
おいしいかな~ まずいのかな~♪」
一拍子おき。
三人の握りこぶしは、突き上げられる。
「絶対おいし~♪」
肺の中の空気が、鼻から、全て出ていく、衝撃である。
ジュライ子の歌にのって。
岩沢とダメ子が的確な、合いの手を入れていく空間。
なにが、かは、分からないが、スゴかった。
まず、すぐに出来る、シンクロレベルではない。
このクリエイション、芸人がネタで使い続けたレベルである。
ココまで、何回、やらされたのだろう。
ダメ子の無表情に、汗が流れているのが、目に映った。
一番、驚いたのは。
ダメ子が、真剣であることである。
「なにこれぇ…?」
沙羅は。
思わず呟いた言葉すらかき消す、三人の歌を、傍観するしかない。
歌が進むにつれ。
ジュライ子の、太ももの間か、丸いモノがあらわれ。
野菜らしき何かすら、音楽に合わせ、上下に踊りだす。
「おいしくできました~♪」
と、最後に合唱で締めくくられる。
ジュライ子が、生えてきた野菜を沙羅に突き出し。
かわいい決めポーズが、セットで。
沙羅は、ナニを間違えたのだろう。
キャベツなのか、レタスなのか、白菜なのか。
よくわからない野菜を受け取り。
キャベツのように、一枚はぎとり。
背後の水路で洗うと、先ほど差し出されたモノが、手元で完成した。
口に運べば、先ほどよりも上質な味・歯ごたえが口の中に広がる。
「ちょ~うめぇ」
バリバリと。
食欲の赴くまま。
顔の大きさほどの一玉を、最後の一枚まで、たいらげ。
食べ終えた、心地よい脱力感が広がり。
やっと一息つけたと、深い息を吐き出した。
周りを、よくよく見てみれば。
地面に、10じゃ、きかない野菜の生えたあとが、無数にあることに、沙羅は気づき。
「これは、どういうことだ?」
「沙羅様。ちょっと、横穴の裏まで呼び出しです。
ジュライ子と、岩沢は待ってください」
なかば強引に沙羅の腕を引き、横穴の外まで連れ出すダメ子。
横穴を出て、少し歩いたところで、ダメ子は、振り返った。
「ジュライ子は、ちゃんと食糧問題を解決できる子でした」
「それは、今、体験したぞ」
「しかも、植物に関してのスキルが高いので、
燃やせる植物すら、すぐに生み出してくれます。
ですが!」
「良いから、先を言ってごらん」
「なんで、ジュライ子の気分で、味と種類が、決まるんですか!」
「うすうす感じてた」
「あの、強制お歌の時間で失敗すると。
なんで、あんな目に、あわなくちゃ、いけないんですか!」
「オマエ、いつも、そういう被害受けてるの、俺だって知ってるか?」
「ジュライ子は、良い子です。
天使のように、良い子なんです!」
「大成功じゃないか」
「だから、失敗したとき、捨てることが、できないんですよ!」
沙羅の次の言葉が、口先から消えていく。
肌寒い、暗い空間を沈黙が支配した。
「だから、私が全て食べました。
苦しくても、どんなに不味くても。
砂を舐めたほうが、マシなモノが、できても。
沙羅様が、目覚めてくれれば。
この苦しみが、半分になると想って、我慢し続けましたが、もう限界です!
何なんですか? あの歌は? 何なんですか、あの存在は!?」
分かりやすいキャラクター説明だった。
ドコかの概要欄に、張っておこう。
「名前は、なんでジュライ子なんだ?」
「大切そうに…。
沙羅先生から、頂いたお名前ですから。
なんて! 曇りもない目と、綺麗な声で言われたら。
私には、なにも言えません!」
「フライヤが、本当の名前で。
ジュ子は、お前が、おのれ可愛さに言った、名前だってか?」
「心が痛い」
「もっと反省しろよ、オマエは、特に」
ジュライ子には、あとで何ができるのか。
分かる限りでも良いから、確認しなければ、ならないだろう。
食べ物の為に、変な歌に付き合わなければ、ならないが。
それ以外は、とても良い子なのは、ダメ子が、コレだけ言うのだから間違いない。
これから何が出てくるか、想像がつかないが。
沙羅には、一つだけ言える事があった。
「間違いなく、お前より可愛いな?」
ダメ子は、何も言わず、その場に座り。
両足を抱え、「私は可愛い」と、念仏のように唱え続けた。




