58話 ああ 沙羅だ 1
岩の家の中央の火を囲み。
網の上で焼かれていく紫芋、魚。
菜っ葉を、皿の上に敷くのも。
見た目として、重要なのだろう。
口に運ぶ姿も、見慣れたモノだ。
食器は、岩沢に作らせた皿。
フォークが、重宝されている。
取り分けるときは、トングを使い。
使い終わったアト、放置すれば、さび付いてしまう。
食器を、岩沢に食べてもらい。
再度、作り直すことで、衛生面に考慮した食卓を、用意できる。
洗う必要のない、食器だ。
数を作っておいてもらえれば。
軽く、ゆすぐだけで、使うことができる。
毎度、新品の食器。
安心して、口をつけられるフォーク。
取り分けられる皿の存在。
あるなしでは、かなりの差だ。
沙羅の両脇を固める、スレイとソニャ。
真正面に座るリカは、沙羅の顔を、のぞき込む。
「どうした?」
「沙羅様こそ。
いつ、口にしようか、悩んでいますよね?」
沙羅の目線は、両脇の二人に向かい。
どこか、おびえているダメ子や、ジュライ子を見て。
「俺は、何かしたか?」
「するんじゃないか。
思わせるだけでも、十分、恐怖だと思いますが?」
「手厳しいなぁ…」
「一番の新人である私でも、です。
沙羅様が、張り詰めてらっしゃるのは、分かります。
怖いものですよ?
それだけ、我慢を、なされているのは」
「俺が、聞きたいことなんて、分かってるだろ?」
「私から言い出すのと。沙羅様から言い出すのでは。
意味が違いますよ」
リーライフ・ネリナルの彼女達からは。
絶対に、出てこないセリフに。
沙羅は、ドコか、安心感を覚え。
まっすぐな言葉に、舌を巻くしかない。
沙羅だけだったから。
この集団のまとめ役だったから。
苦労していたからこそ。
ごまかせていたモノが。
ごまかせなくなったのだと、目を閉じた。
「私は、どうやら。
本当に、いやですが。
沙羅様に、強く言わなければならない、ようですので」
「痛いところを…」
沙羅は、ため息一つ。
スレイと、ソニャの頭をなで。
振り返る表情に、笑みを返した。
「リカ、覚えていないんだ」
「はい」
「今、リカの顔を見ても、な」
「はい」
「…酷くなった、顔が重なって見える」
沙羅の目線は、スレイとソニャから逃げ。
植葉を追えば、笑顔を返す。
堅い笑顔を返して、リカに目線を戻そうとするが。
視線は、中央の火に居座った。
「俺は、何をしたんだ?」
「ドコまで、覚えてますか?」
これ以上ないほど。
リカの声は、優しかった。
どうか、顔を上げてください。
こちらを見て頂けませんか?
思いが、くみ取れるほど。
「沙羅様?」
見たくないモノは、見たくない。
それでも、ソコのあり続ける。
誰が悪いわけじゃない。
ただ、沙羅が感じる気持ち悪さは。
意識が、ハッキリすればするほど。
日常を目にすれば、するほど。
毒のように、まわっていく。
考えないように。
意識しないように。
怒濤のような毎日が。
忘れさせてくれるハズなのに。
そうだったのに。
気づけば、忘れられていた、ハズなのに。
「いずれにしても、いつかは、当たる問題。
だったのでしょう。
沙羅様が、大切で。
誰も、ハッキリと、言えなかったんですから。
そうですよね? みなさん?」
誰の目線も、逃げることはなかった。
まっすぐ、沙羅の顔に、全て向けられていく。
「沙羅様? 私たちは、どうしたら良いですか?」
ダメ子が、言ったことが、全てだろう。
沙羅が迷えば、なにもしなければ。
彼女たちは、ナンのために。
何をしたら良いのか、分からない。
それが、たとえ、間違っていても。
拠点作業をみれば、顕著に現れている。
今まで、やっとことの範疇を。
逸脱していない。
守っていると、言っても。
言い過ぎではない、ぐらい。
彼女たちに込められた願いは。
目的があってこそ。
沙羅が、親だと自覚できてしまっているからこそ。
笑って欲しいと思ってしまうから。
勝手なことをすると。
沙羅に、考えてもらわないと。
自分たちは、沙羅に迷惑をかけてしまうと。
分かってしまっているからこそ。
彼女たちも、間違うしか、ない。
問題が、大きくなれば、大きくなるほど。
苦しければ、苦しいほど。
彼女たちは、どうにかして、取り除こうとする。
失敗して、沙羅に馬鹿にされても。
行動の出発点は、全て。
褒めてくれるかもしれない。
笑ってくれるかもしれない。
なら、もっと、と。
頑張ってしまうだけだ。
「なんで、リカは。
人間じゃ、なくなってるんだ?」
法の力は。
スレイ同様。
法の力で、生まれた生命なら。
ドコにいるのかぐらいは、感じ取れる。
この感覚中に、リカが含まれていると、分かるから。
リカは、人をやめていると、断言できる。
「なるほど。やはり、これが、つながりですか」
リカは、一度目を閉じ。
「沙羅様は、私とソニャ様に、願うことを許してくれました」
沙羅の顔は上がり。
食い入るように。
リカの全身を、なめ回すような視線を。
リカは、受け止めた。
「嘘をついたら。
もう、私の話なんて、聞いてくれなさそうですね」
笑顔を返すリカに、沙羅は面くらい。
硬い表情を緩ませた。
「ソニャさんの願いは、もう、分かると思いますが?」
沙羅の隣で、朝食をとるソニャを見て、沙羅は。
「本当に__」
「沙羅様? 間違えようがないでしょう?」
「あの小屋の、賑やかな毎日を、か?」
リカは、目を閉じ。
ソニャに、視線を移した。
「ソニャちゃん?」
「なに? リカちゃん」
「沙羅様が、困ってるようですよ?」
「父さん、なんで__」
気を抜いたからだろう。
必死に貼り付けようとした。
表情がないことに、沙羅は気づき。
まずいと、思っても。
もう、ソニャに見られてしまった。
振り向いたソニャは。
真顔で沙羅を見ると、立ち上がり。
「なに、怖い顔してるのかねぇ~。父さんはぁ~」
なぜか、耳に馴染んだセリフ。
鼻の奥に残る香りが。
あの、気丈なソニャが。
小さく。
幼い背後に。
ソニャが、立っているように、見えた。
「笑った方が、イイよ? 笑いなって?」
沙羅の顔に手を伸ばし。
頬を引っ張るソニャの顔が、目の前一杯に広がり。
「ねぇ? おばかなスレイちゃん」
「なんで、いちいち馬鹿にするのぉ?」
「父さんが、つまらないってさ。
馬鹿なんだから、バカやって笑わせてやりなよ」
スレイは、沙羅とソニャを見て。
「パパに、なんてコトしてるの?!」
「面白いだろぉ?」
「面白くないよ! 大変だよ! 離して! その手を離して!」
ソニャの手を引くスレイ。
笑うソニャ。
広がった視界の先で、リカは笑っていた。
「分かって、頂けましたか?」
言葉に迷った沙羅は。
見ていることしかできない。
「沙羅様には。
私たち以上に、感じられると思うんですが…」
「なにを…」
「沙羅様。よろしいですか? あの、ですよ。
歴史の重要な場面で、必ず、名前と力を示した。
竜騎士スレイと。
東大陸 随一の資産力。
そして、領地開拓の革命児。
白龍のお膝元の番人、領主ソニャが。
ご覧の通り、沙羅様に、感謝しているんですよ?
こんなに、頼もしいことは、ないと思います」
「それは!」
「沙羅様の、お力のせいですか?
違いますよ。
魂さえ、どうにかできてしまう力で。
魂を変えなかった。
変えられなかった魂が。
沙羅様のことが嫌いなら。
姿形に、態度にでるのは。
沙羅様が、一番。
分かると思うのですが、どうですか?」
沙羅の口は、パクパクと。
否定の言葉を、声にすることはできなかった。
リカの言うとおり。
法の力は、わずかな機微さえ取り込んで、結果を見せる。
それこそ、植葉のように。
魂を、心そのものを、何とかしようと。
少しでも、思っていないなら。
魂そのものが。
生まれた命に、そのまま現れて、当然。
それが、どこまでも、機能として存在する。
法の力だった。
法の力で、生まれた命だからこそ。
沙羅は、感じ取ることができてしまう。
魂そのものは。
何一つ、変化していない。
竜騎士スレイと、その子供。
領主ソニャ、そのものだと。
この場にいる、誰よりも、分かってしまう。
だから。
目の前の、くだらないケンカが。
子供じみていても。
「ほら、やってごらんよ!
この間の、バカみたいなやつ!」
「どうせ、馬鹿にするでしょ!」
「傑作だったじゃないか!
髪の毛つかんで、ウサギさんピョンピョンって、やってみなって!」
「やらないもん!」
痛いほど、分かってしまうから。
「ほら、パパ泣いちゃったじゃない! やめなよ!」
面くらい、固まるソニャを押しのけ。
スレイは、座る沙羅の頭をなで。
「沙羅が、気に病むことなんて。
何一つ、ないわ。ごめんなさい」
気のせい、だろうか。
二度目となれば、気のせいではないだろう。
あれは、雨がふったとき。
スレイが、スレイらしからぬことを、言ったと思った。
空耳だとすら。
こんな幻聴が、聞こえてしまうぐらい。
ダメなんだとすら思った。
「おバカなスレイちゃん、泣くことないじゃないか」
「パパに、ヒドいコトしないでぇぇ!」
スレイのギャン泣きが、ソニャを戸惑わせ。
「ごめんなさいぃいい。ソニャちゃんもだよ?!」
「私、そこまで酷いこと、してないもんねぇ…」
「ソニャちゃんも、だよ! ごめんなさいでしょ!」
誰も、ソニャを叱らず。
泣きわめくスレイを、なだめない。
ブルースカイは、体を震わせ。
「ああ、やっぱり、そうだったんだ…。
良かった…。良かったよぉ…」
「良かったね、ブルースカイちゃん」
ブルースカイの頭を、ジュライ子が優しく撫でる。
スレイとソニャは、沙羅の足にまたがり。
「「ごめんなさい」」
耳から抜ける声。
音が。
沙羅の中にあった、なにかを壊していく。
あまりに、必死すぎた、サバイバル生活。
毎日に圧殺されたこそ。
おいてけぼりに。
いつまでも、忘れていたモノは。
こうして、一段落すれば。
姿を現す。
「なんで、謝るんだ?」
スレイと、ソニャのまっすぐな目が。
子供とは思えない、目の奥にあるモノが。
全ての答えなのかもしれない。
「誰も、いなくなって、ないんですよ。沙羅様」
リカの諭すような声が、間違いを、優しく否定した。
「誰も、犠牲になっていません」
「誰も? ソリドさんは? サイモンさんは?」
「なぜ、私が、ココにいるのでしょうか?」
「……」
「私の願いで、誰一人、犠牲にしておりません。
街は、なくなりましたが、みんな逃げることに成功しました。
街での一件は。
ソリドさん、サイモン様、ソニャ様に振り回されただけです。
ですから__」
沙羅は、ソニャの顔を見て、リカの言葉に返す。
「だから、俺が気にする必要はない、そう言いたいんだな?」
ああ、沙羅だ。
リカだけ、じゃない。
リカよりも、早くそばにいた、彼女たちも。
ただ、ただ。
だから、誰も、言い出せなかったんだと、下を向く。
沙羅は置かれた食事を、かっ込み。
スレイとソニャに、馬鹿にされながらも。
頭を撫で、微笑む。
二人を足から下ろし、スッと立ち上がると。
「すまん。一人にして欲しい」
誰の答えも聞かず、歩き出し。
出入り口の縁に手をかけ、振り向く。
「ドコなら、一人に、させてくれるんだ?」
ああ、沙羅という人は。
こういう人だった。
グウの根も出ない一言に、リカは。
「家の裏に、開拓するために作った、休憩所があります。
家を出て、裏の道を、まっすぐです」
「おう、ありがとう」
何事もなかったかのように、姿を消した岩の家。
だれも、食べかけの魚や芋に、手をつけず。
沙羅を追いかけようとする。
スレイやソニャの首根っこを、植葉が引っ張る。
「二人とも、まだ、ダメよ?
早く、食べちゃいなさい」
「「は~い」」
黙々と始まった、朝食。
「やはり、こうなりましたね」
誰に聞かれる訳でもなく。
リカは、口を開いた。
ダメ子に、語るように。
「それでも、だよね?」
リカは、火を囲む皆を見渡し。
「これ以上は、私が。いえ…。
私たちは、許せないでしょ?」
返事などなく。
うなづきだけが、下ろされた朝食だった。




