56話 光の柱を見た人々は、口を揃えてこう言った 1
この事件が落ち着くまで。
リカを、預かってくれないか。
沙羅が、そう言った言葉を、リカが、拒絶した。
「私は、沙羅様の、おそばにいた方が、良いと思います」
何を言っても、この言葉しか。
繰り返さないリカに、根負けし。
サイモンに、送り出されたのが、少し前の話だ。
そして、あれだけ強情に、ついてくると、言った意味を。
スグに見せつけるのも、リカである。
説明すらせず、ついて行くと言われれば。
わがままにしか、聞こえないが。
荷馬車の荷物の陰で、身を潜めながら。
町の人と、リカが、会話をしている姿を見れば。
何も言えない。
「リカは、何歳なんだろ…」
ここは、異世界だ。
身なりが十五・六歳、程度に見えても、だ。
実年齢を、そのまま表すとは、考えにくい。
ゲームで、散々見てきた。
若い期間が長く、長寿な。
エルフのような特徴を持った、種族であっても、だ。
今なら素直に、受け止められるだろう。
今回の件を、丸く収める方法として。
ソニャに、法の力を使えば。
全て解決なのは、間違いないのだが。
ソニャの元に、たどり着くこと自体、至難の業である。
ソニャの屋敷。
ギルドが、ある場所に、たどり着くには。
中央、噴水広場を越える必要がある。
初めて来たときを、思い出せば。
それが、どれだけ至難の業か。
想像がつくというモノだ。
街の入り口から。
全ての道は、中央噴水広場に、束ねられている。
この町は、扇状の区画が並び。
その上で、四角の区画を作っているのだ。
メイン導線は、扇状に延びた道であり。
四角く区切られた道は、同じ所を、一周する形に作られている。
隣の、メインストリートに行くには。
一度、中央広場に行くか。
街の外側を、大回りするしかない。
沙羅が走り抜けた、裏路地の出口は。
同じ、メインストリートに、繋がっていたのだ。
あのとき、サイモンに、助けてもらわなければ。
全てが終わっていたと、説明されたときは、冷や汗モノだった。
四角の裏路地は、建物の、出入り口を確保する為にあり。
左右の移動を、楽にする目的で、作られていない。
南北を行く、何本ものメインストリート。
このメイン導線を、つなぐ東西に延びる道は、限られている。
まるで、埼玉県のようである。
埼玉県なら。
少ないが東西を結ぶ国道が、存在するが。
この街に至っては。
一度、県外に出るか、中央に行くしかないわけだ。
さらに言えば。
サイモンの屋敷は、街の端の端。
ソニャの屋敷から、一番離れた位置にあり。
倒れた沙羅を連れ出した手段は。
布袋に入れて、荷物の中に隠して連れてきた、となれば。
難易度の高さは、これ以上ない。
人の目が、直接、治安に、関わっているとなれば。
中央に向かう荷馬車が。
見当違いの場所に行くのも、怪しまれる。
そもそも、沙羅一人で、だ。
住民であり、自警団である。
市民達が歩き回る、メインストリートを。
一人で、歩いて行くのは、自殺行為だろう。
中央噴水広場に、近づく暇もなく。
暴行にあい、目的達成どころの話では、ない。
リカが、馬車と荷物を、サイモンに頼み。
成り行きを見ていた沙羅は、相当な、マヌケだっただろう。
中央ギルドに、行くまでの距離は。
スレイや、植葉と歩いた距離感を想像すれば、かなりのモノだ。
全力で、露店を食べ歩いたとは言え。
それ相応に、時間が、かかっている。
こうして、リカに、荷馬車をひかせ。
サイモン商館から、中央ギルドに、納品と。
誰も、あやしまない、日常の一つに、溶け込めなかったら。
目的地に到達することは、不可能だ。
どういう形でアレ。
リカを買うことが、デキなかったら。
ココで、詰んでいたのだ。
一度、拠点に戻り。
植葉の力を受け取ろうとも、思ったが。
そこまで、時間的な余裕は、ないのだろう。
サイモンが、あそこまで。
必要最小限に、会話を、切り上げたのだから。
もっと、時間があれば、と、言っても。
限られているのだから、仕方ない。
何度も、サイモンの言葉尻が、言っていたように。
だが、問題は、待ってくれないのだ。
「沙羅様。×××が、あるようです。
ココからは、××します」
もう、すでに。
単語を、聞き分けることが、怪しくなっている。
今更、駅前留学しておけば、と、後悔しても、遅いのだ。
言葉が通じなくなる問題を。
屋敷にいる時点で、話し合いに、のせられていれば。
とも、思うが。
のせたとしても、結果は、同じだっただろう。
話が、通じなくなる前に。
ソニャに、法の力を使うしかない。
で、話が、まとまっていたに、違いない。
幸い、ソニャの居場所は、屋敷の中だと、分かっている。
最悪、言葉が通じなくとも。
行動が変わることは、ないだろう。
「沙羅様、×××、お願いします」
「分かった」
リカ不安を、させないためにも、同意だけ、返すが。
「沙羅様? ×××です」
「え? ちゃんと、隠れてるじゃないか」
「×××、さら×、××××!」
「…マジか」
「××さら、××××…」
「リカ、言葉が、理解できなくなった」
「?」
「だよな、そう言う反応に、なるよな…」
高卒の沙羅に。
英語以外の言語を、理解しろと言っても、難しい。
逆も、しかりだ。
大事な部分の話し合いが、終わっていて良かったと。
ため息を、ついている場合ではない。
今、この瞬間に、言語理解が、なくなった。
実行に移している、出だしも、出だしで。
サイモンも、ソリドも、ソニャにさえ、言葉が通じないだろう。
意思の疎通は、イヤでも、ジェスチャーに、頼るほかない。
隠れていなければ、ならないというのに。
言語の便利なところは。
声だけで、相手に、意思を伝えられることである。
こんな、原始的な理解を。
こんな所で、噛みしめている場合ではない。
馬車が止まり。
沙羅が入っていた、木箱の蓋が外され。
リカの顔が、沙羅を、のぞき込んだ。
「さら××、×××…」
「リカ、もうしょうがないから。
ソニャの所まで、行ってくれ」
「×××、×××?」
「なに言ってるか、さっぱり分からん」
顔が見えているので。
ジェスチャーも加えて、伝えようと試みたところ。
リカは、ほんとうに、かしこいようで。
「×××」
「だから、分からないって」
驚いたのも、一瞬。
通じない言葉を、いくつも、沙羅に投げかけるが。
沙羅が両手を挙げ、そのまま、耳元で手を振れば。
リカは、口を開けたまま、少し固まり。
馬車に積んであった、紙にと、インクで。
馬車と、ギルド会館だと思われる。
なんとも言いがたい、絵を描いて、突き出してきた。
スゴいと思っていたリカは。
絵心を、まだ習得していない、ようである。
馬車で、ギルド会館へ行く。
それぐらいは、受け取れるから、絵は、偉大である。
沙羅は、親指と、人差し指で、丸を作り。
自ら木箱の蓋を、閉めようとするのを、同意と受け取ったのか。
リカは、渋々、戻っていく。
この世界にも、しっかり、馬は存在する。
沙羅は、聞いて驚いたが。
姿形は変わらないが。
コチラの馬は。
寿命も、体の丈夫さも、別格のようだ。
馬と聞いて、想像するサラブレッドより。
野生の馬は、ひ弱で、寿命が短い。
あの巨体で、草食動物なのだから。
繁殖力が、ネズミ並に高い、訳でもない。
体力も低ければ。
足を、スグに痛めてしまうから。
生存能力も、想像した、とおりしかない。
野生の鹿や、イノシシのほうが。
よほど強い生き物だろう。
人を乗せて走れるからこそ。
生き残った、生き物なのかもしれない。
より強い馬を、掛け合わせ、生み出すことは。
軍事力の増強に、直結するのだから。
中国圏なら、赤兎馬が、どれほど良い馬だったのか。
繁殖させるだけで。
どれほど、役に立ったのかは。
歴史が証明しているほどだ。
馬にも、種類があるが。
サラブレッドよりも大きい、一馬力と数えられる馬場さんが。
重宝されてきたのは、牛より早く、走れたからだろう。
一頭あたりのトルクは、牛のほうが高いが…。
なんてことを。
暗い箱の中で、悶々と、考えることぐらいしか、デキない。
今の状況を、覆す方法もない。
トコトコと、揺られる荷馬車の箱の中。
馬車が停止したのを感じ。
話す、リカの声に、複数人の男の声が混ざり。
妙な浮遊感。
聞こえなくなった、リカの声。
リカが箱を開けるまで。
身動きも、物音も立てては、ならないと。
体育座りで、うつむいていた、沙羅の頭の上から、日光が指す。
ああ、やっとついたのかと。
顔を上げれば。
そこには、男の顔が二つ、飛び込んできた。
「…え?」




