魚、さかな、サカナ~ 4
川魚ですら、握りつぶすと言ってのけるのだ。
海魚ですから、素手で、握りつぶせてしまうかもしれない。
いつまでも手を出さないダメ子の手を、ブルースカイはつかみ。
「今スグにやめなさい。
私は、リアクションげいにんじゃ! いたたぁあああああっい!」
これでリアクション芸人なら、失格である。
「これぐらいです」
「手が砕ける! 何バカなことやって、いたたたああああああいって!
言ってるのわかって、いたぁあああい!」
ブルースカイは、少し、心が洗われた気がした。
「ブルースカイちゃん、私も私も!」
二人の行動は、子供目線からすれば、遊びに見えるのだろう。
ただ、日々の不平不満を、少し、返しているだけなのだが。
ブルースカイは、スレイの手を優しく握り。
「えへへぇ」
スレイの、すごく嬉しそうな笑顔は、癒やしだった。
楽しそうなスレイの横で、必死に手を振りほどこうとしているダメ子は。
つかまれたブルースカイの手から、逃れようとしているが。
「ブルースカイちゃん、なにしてるの!
早く、はなしなさいよぉおおおおって! 痛いのよ!」
不思議とブルースカイは、胸のつかえが、とれていく気がした。
「早く、魚のさばき方、教えてよ姉さん」
「誰のせいよ! 誰の!」
笑顔で、姉さんのせいだよ? と伝え、手を離す。
やっと開放された手を擦り、怒るダメ子の姿。
ブルースカイは、沙羅の気持ちが、理解できた気がした。
言葉尻だけ聞けば、ヒドく。
ダメ子が、かわいそうに思えるが。
その言葉を引き出しているのは、間違いなくダメ子である。
「は~や~く~。スレイちゃんも、楽しみにしてるんだから、ねぇ~」
一緒になって、首をかしげるスレイは。
ブルースカイの後ろで、ダメ子を見上げていた。
ダメ子は、子供にすら、見捨てられたようだ。
手をワキワキと動かし、感触を確かめ。
即席まな板の上にある、魚を指差し。
「しっぽから、頭に向かって、逆なでして、ウロコを飛ばすのよ」
「なでれば良いの?」
「そうよ」
「おお、本当だ! 取れる取れる!」
「……。うん、良かったわね」
ココに包丁などない。
ウロコのついた魚を、逆撫でしろと言われ。
スグにデキる要素が、ドコにもないのに。
ダメ子の目の前で、魚のウロコが飛んでいく。
「素手とか…」
誰が、子猫をなでるように、やれと言ったのだろう。
ブルースカイは、ウロコが取れていくのが、楽しいようだが。
実際、人の手で、こんなことをしたら。
まな板が、真っ赤に染まるだろう。
小指から手の腹にかけて、ウロコが突き刺さり。
それでも撫で続ければ、片手は、無残なことになる。
通常は、包丁を使って、しっぽから頭に向かって、ウロコを飛ばすモノだ。
乙女の柔肌で、海の魚のウロコが、飛ぶわけがない。
ブルースカイの肌は、透き通ったように白く。
同じ女性から見ても、羨ましく思えるほどだ。
バカ力だが、手を握れば、柔らかな女性の手でしかない。
その手が。
魚のウロコを、問題なく剝ぎ取っていく光景に、ダメ子は、口が塞がらない。
ダメ子は「乙女の柔肌という言葉」を、ブルースカイが言い出したら。
全力で否定しようと心に決めた。
「とれたと思うよ、姉さん」
すごく楽しそうな笑顔だった。
「そ、そうね。水で、まな板の上を、キレイにしなさい」
「姉さん! ぷにぷに!」
「指で突かないの!」
「食べれるの? もう、食べれるの?」
「スレイちゃん、まだ、だからね~」
「ダメ子ちゃん、次は!?」
まな板の上で、魚が食材になっていくのを、誰よりも望んでいるのは。
ブルースカイではなく、スレイである。
「姉さん、スレイちゃんには、名前呼ばれても、なにも言わないんだね」
「いえ? ちゃんと大きくなったら、制裁するけど?」
真顔で、こんなことを言うダメ子の株価が、どんどん下がっていく。
ブルースカイは、なにも言わず次を促した。
「次は、お腹に切れ目を入れて、内臓を取り出すの」
「え? 川魚は、そのまま、食べたじゃん」
「取ってたの! 沙羅様と私で、黙って抜いてたの!」
「なんで?」
「内臓のドコに、毒があるのか、分からないからよ」
「へぇ~」と、ブルースカイは。
刀で、頭が落とされている断面から、指を入れようとした手を、ダメ子につかまれる。
「私、お腹に切れ目を入れてって、言ったわよね?」
「え? このほうが早いじゃん」
「内臓を潰しちゃダメなの! だから、わざわざ腹を切れって、言ってるの!」
サカナの臓物や、血を見ても動じないブルースカイは。
「先に言ってよぉ~」
「言う前に、やろうとするのは、アナタでしょうが!」
「じゃあ…」
スルリと刀を、生魚をさわった、ベットベトの手で抜いていく。
「アナタ。刀を大事にしようとか、そういう思いは、ないの?」
「ありますけど?」
「じゃあ、手を嗅いでみなさいよ」
「なにこれ、臭い! 姉さん、なにやらせてくれるの?!」
「私、沙羅様の気持ちが、分かってきたわ」
お互い様である。
むしろ、五人分の「コレ」を。
受け止めている沙羅の心労が、分かるというモノだ。
「こんなに手が臭くなるなら、先に言ってよ! ヒドいなぁ~、もう」
「なんで私が、怒られてるのか、全く、分からないけど。
早く、切り目を入れなさいよ」
「手を洗ってくる」
テクテクと。
流れが強い川に、手をツッコミ。
刀まで、キレイに洗い出す彼女の姿に。
ダメ子は、生き物としてのレベルの違いを感じた。
ダメ子が、くんだ水で、まな板の上を、キレイにする様子すら、目を離せないスレイ。
スレイの娯楽は。
食べ物を、食べられるようにしていく様子を。
見て、覚えることなのだろう。
途中から、手伝い始めるあたりが、本当に子供だ。
「洗ってきた。どうするんでしたっけ?」
「切れ目を入れるのよ」
ブルースカイは、その一言だけで、刀を真横に振り抜く。
「ねぇ? なんで、全部、説明する前に、アナタは手を動かすわけ?」
「しっぽから頭に向けて、横に切ったじゃん」
昨日からの鍛錬の成果である。
ダメ子が、内蔵を取らず、二枚おろしになった身を、つかみ上げれば。
血一滴ついていないキレイな赤身が、二枚、デキ上がる。
だが、血合いも内蔵も抜かなかったがために。
腹の部分は、血と、胃の中の内容物で汚れていた。
もう、これを洗っても、食べることはデキないだろう。
ドコに毒があるのか分からない生物の、内蔵物が飛び散っているのだから。
誰もが知っている、ポピュラーな、コイですら、毒をもっている。
さばき方を間違えると、食用として出すことはデキない。
ここが日本でない以上。
海魚とはいえ、未知の生物には変わりない。
口ひげ内蔵の、前ヒレ四枚持ちである生物は。
迷うことなき未知である。
海の生物という、くくりで言えば、知っているモノばかりだが。
細やかな違いが、見えている部分だけとは限らない。
これを食べて、大丈夫だと断言できるのは、食べた後だけだろう。
魚が毒を持っているのは、筋肉である身の部分ではなく。
基本的に内蔵器官だ。
傷つけないように、おろしていくのが鉄則なのだ。
それが、なんであれ。
魚は、内蔵・血合いだけは、キレイに取る必要がある。
それでも、昔の海賊は。
食べたことのある魚にあたって、死にまくったのだから。
「内臓ごと切って、どうするのよ!
魚の血管も、洗い落とさないと、いけないのに…」
「だから、姉さん! 先に言ってって、言ってるじゃん!」
「逆ギレ!? 私に、会話をする猶予を、よこしなさいよ!」
「姉さんが言っちゃうの!? じゃあ、次は、ちゃんと教えてよ」
ダメ子は、もう二度と。
まな板の上に、魚を置いたまま、説明なんてしないと、心に誓った。
失敗した魚の切り身は、激流の中に放り投げ。
ポトンと、川の底に消える、魚の切り身。
「お魚が! おっきな、お魚が! なにするの、ダメ子ちゃん!」
「あれは、食べれないのよ、スレイちゃん」
「私の努力の結晶を、なに、ナチュラルに川に捨ててるの?」
ダメ子は、いろいろ、めんどくさくなり、全てを無視することにした。
「失敗したら、全部、捨てるから、そのつもりでやってね」
「納得いかない! ちょっと汚く切ったからって!」
「それが問題だって、言ってるでしょ!」
ダメ子は、グダグダ言う、ブルースカイを無視して、細かく説明を始め。
なんで捨てたのか。
そんなところから、説明しなければいけない、面倒くささを、かみ締め。
一番、納得がいってない、スレイを、なだめるのに、時間をかけ。
そして、ようやく落ち着いて、説明を終える。
ブルースカイは、ダメ子を怪しみつつ。
作業が行われるが、何度見ても、異常な光景だ。
ウロコを手で、はぎ取り。
刀で切り損ねた、頭を落とし、剣先で腹に切り目を入れ。
内臓と血合いを洗い流し。
キレイな切り身を作り上げる、二枚おろしを会得した、ブルースカイの姿は。
ダメ子が、先んじてバケツの中を見れば、同じサカナばかり。
同じなら、手順も、何もかも、一緒である。
このまま任せればイイと。
ダメ子は、バケツを持って、森へスレイと歩いていく。
ダメ子は、テンションが、おかしくなっているスレイを、あやしながら、つぶやいた。
サカナを、二枚おろしにするブルースカイの、刀さばき。
「マグロの解体みたいだったなぁ…」
日本刀で、シマホッケをさばく。
「逆に難しいわ…」




