葬送の儀、聞こえる声
フェリシアとの楽しい時間の後、ラファエルの所へと向かった私は魔道書についてのいくつかの話を済ませ、そのままそこで神殿での葬儀に関して打ち合わせをする事になった。
供養の為に祈りを捧げたいという申し出は昨日の内に受け入れられており、既に枕飾りや浄水の準備は済ませてくれているらしい。
神殿での儀式は枢機卿のロシュディが執り行なうという習わしがある為、彼の指示があってから供養を始めて欲しいと念を押される。
昨日も同じ事を聞かされたので「その言葉の真意は他にあるのでは」と迫ると、「つまりは、ロシュディには注意するように」と声を落として言う。
ラファエルによると、ロシュディを中心とする枢機卿団は以前から魔道士一族を良く思っていないらしい。
更に言うと私は元々陰陽師という立場だった為、彼等の崇める神と相反する場合には排除したい存在になるだろうと予想された。
神のお言葉とやらを国王に進言し国政にも深く関わっている枢機卿にとって、予知の才のある私は邪魔なものでしかないだろう。
供養や祈祷の際には私だけでなく泡沫の力も必要不可欠となる為、ラファエルには式神についても打ち明ける事にした。
式神の存在を知らないと言う彼は少しばかり首を傾げながら話を聞いていたが、実際に泡沫を呼び出してみせた所理解を示してくれた。
突然目の前に現れた訳だから信じない筈はないのだが、それでも実際はそう穏やかに事がおさまらないのが常だ。その点ラファエルは冷静だった。
全ての式神がそうというわけではないが、泡沫は姿を隠す事も出来る為、神殿ではその方法を使うという話でまとまった。
フェリシアの持つ治癒の能力も出来れば彼等に知られたくないとラファエルに話した所、彼もそれに賛同してくれた。
私や泡沫は簡単な事で倒されるような事は無いとは思うが手の内を見せる必要はないし、フェリシアに害が及ぶ事だけは避けたかった。彼もまたフェリシアの身を案じてくれているらしい。
本日の祈祷に彼女を伴わない方が良いという泡沫の判断は正しかったと改めて思う。
話を進めるうちに浮かび上がってきた構図。
どうやらラファエルらエルフ族や騎士団の者たちは枢機卿団と距離を置いているようだ。
枢機卿団は代々王族の護衛も務めていたそうだが、前王が亡くなってからザヴィ帝国など他国の動きが活発になった事に不安を感じたガブリエル王が数年前に王族騎士団を新たに制定したらしい。
それによる金銭的な享受が少なくなった事も枢機卿団にとっての不満なのかもしれないとラファエルが話してくれた。
彼等について色々と探りたい気持ちもあるが、心穏やかに祈祷を行うことが本日の私の責だ。
枢機卿や枢機卿団について調べる時間はこれからいくらでもある。
そう自分に言い聞かせ、深く深呼吸をする。
「どのような顔をして私を迎え入れるのか愉しみなものだ」
つい本音がこぼれたが、ラファエルは聞かなかった事にしてくれたようだ。
間も無く第三小隊が城に到着するというので我々も向かう事にした。
神殿に入るとすぐに第一小隊とプロストフら第二小隊が並び、その横に枢機卿団と見られる者達もいた。
神殿の奥にはマルクの姿があるが、横に立っているのが枢機卿だろうか。
銀色の髪に鋭い目つき。人が良さそうには見えない。
第三小隊が到着するとすぐに、薄墨色の装束に身を包んだガブリエル王・アルマ王妃・ルイ皇子・エマ皇女が揃った。
かなり広さのある神殿だが、第一皇子であったフェルマン、騎士団副団長のイザック、その他30名程の兵士の棺が並ぶともの言えぬ圧迫感があった。
そこに魔道士一族の棺はなかったが、彼等が部屋に残していた装束が枕飾りと共に置かれていた。
転生魔法に関して知る者はごく一部だが、魔道士がこの国を守る為に亡くなった事は伝わっているようだ。
ガブリエルとロシュディの話の後、彼に促され葬送の儀を執り行なう事になった。
半時程の時間をかけて供養をする。
今まで亡くなった者達の憎しみや怨念のような声を聞く事が多くあったが、この者達からそれらの声は無かった。それよりも後悔や無念、自責の念が多く汲み取れる。
皆この国の為、大切な者の為に命を落とした者達なのだろう。
魔道士一族も同様で、自身の不甲斐なさへの詫言が聞こえた。
彼等がまるで最初からいなかったかのようにされていたのであれば声を聞く事は叶わなかったが、少なくともこの場にいる多くの者達にとって彼等は必要な存在だったのだろう。
彼等も含めて葬送を行えた事に安堵する。
同じような悲しい出来事が起こらないよう、最後に心を込めて祈祷した。
全てが滞りなく終わり、マルクの号令により騎士団員は皆退いた。枢機卿団も続く。
多くの故人の声を聞いたせいもあり大層頭が痛い。
早急に部屋へ戻ろうと思った所でガブリエルから声がかかった。
泡沫の疲労も伝わってきてはいたが、今一度心身を奮い立たせる。
ガブリエルの話はフェルマンとルイに関する事だった。
帝国の第一皇子であるフェルマンの死は国民にも知らせなければならず、それがルイ皇子の即位式の前日に決まったという。
訃報は既に領主達には周知されているが、皆大きな衝撃を受けていたようだ。フェルマンは国民からの信頼が厚く、国中が哀しみに包まれるだろうと続けた。
即位式に参加予定の近隣国の中では友好同盟を結んでいる2ヶ国だけの参列を許したという。
即位式の折には私とフェリシアにも出席して貰う、と御諚を賜った。
すぐ近くにいたロシュディがこちらに向け冷たい視線を送っているのがわかったが、それには目を向けず退出する。
ラファエルの言葉を鵜呑みにしているつもりはないが、ロシュディは私への悪意を隠そうともしていないように思えた。宣戦布告だとも言えよう。
どの世界でも人間の欲望というのは変わらないと痛感する。
人というものは地位や利益の向上の為に本来の心を無くしてしまう事がある。
どんなに最上を求め続けても満足し得ず、その邪心に飲み込まれ最後には身を滅ぼすのだとしても。
1度命が尽きた故にこのように冷静に見ていられるのか。素よりそれらに興味が無かったのか。今となってはわからない。
妖の方がよほど信用を置ける存在だな、と少し虚しく思った。