転生者の目覚め
「う…」
「転生者がお目覚めになられた!陛下をお呼び下さい」
(転生者?それは私の事なのか?)
身体を起こそうとするがうまく力が入らない。
「転生者様、無理はなさらないで下さいませ」
「ん…私は気を失っていたのか?それにしてもここは一体…」
記憶に無い場所で見知らぬ者たちに囲まれている。
目の前にいるのは少し尖った耳に長い金色の髪をかけた男。目覚めるまで看病してくれていたようだし敵意は感じない。
「私はラファエルと申します。お目覚めになるまで少々治癒魔法をかけさせて頂いておりました」
「今、お主は治癒魔法と申したか?」
「私共エルフには少々治癒魔法を嗜んでおりまして」
(エルフ…エルフとは何のことだ?)
先程から全く理解出来ない話ばかりが続きまだ夢の中なのかもしれないと思い始めた所で、煌びやかな布を纏う男がやってきた。よく分からない召し物だがなんだか位が高そうだ。
「転生者様!お目覚めになられたようで」
(む…この者も同じような事を言う。これは夢では無いのか?そして転生者というのはやはり私の事なのか)
「ようこそおいで下さいました。私はガブリエル・モルフォールと申します。このイシュトリア国を治めております」
「イシュトリア国…」
(初めて聞く名だが、ここを治めていると言う事はこのお方の指示で生かされたという事か)
「ガブリエル殿、と申されましたか。此度はご迷惑をおかけしたようで」
そこまで話した所で何気なく横を見ると誰かが眠っている。
青味がかった長い髪の美しい女子だがやはり見覚えは無い。
こちらの動揺が伝わったのかガブリエルがゆっくりと話し始める。
「このお方も転生者様で…ラファエル、説明を」
「畏まりました」
ラファエルから聞く話はどれも信じられないようなものばかりだが、その表情や真剣さから嘘を言っているわけではないというのは伝わってくる。
ここイシュトリア帝国が近隣国であるザヴィ帝国から攻められ皆の命が危なかったと。そしてその危機を乗り越える為に、最後の手段と言われる転生魔法を使ってザヴィに打ちかったのだと言う。
その魔法により魔道士の一族は命を失い、未来の同じ日・同じ時間に亡くなった子孫がこの世界に転生される。それが私たちらしい。つまり…
「そうか、私は1度死んだのか」
目が覚める前の事を思い出そうとしてみるがぼんやりとしか浮かんでこない。
「ここにやってきてからしばしの間寝ていたようだが、それはどの位の期間だったのだろうか」
「ほんの半日でございます」
ラファエルが優しく微笑みながら答える。
説明をしながら身体を支えてくれた為、上体を起こせるようになった。やはりこの方がずっと落ち着く。
・該当の者がいなかった場合は転生者が現れない
・魔法発動時点の侵略や内戦の危機は回避され、その原因である者たちは直前の記憶が消去された状態で国外に戻される
・魔法発動から10年間は国全体に加護がありその間に他国から侵略を受ける心配はない
転生魔法にはそんな効果があるようだ。
自分の名前がどうしても思い出せないが、それもこの魔法の影響らしい。
「ふむ…彼女も転生魔法で呼び出されたという事か?この者はいつ目覚めるのだろうか」
「前世の最期の次第によりお目覚めまでの時間に違いが生じると伝記には残っております」
「目覚める時間差はその時の死因による違い…」
「急な事で亡くなられた方は半日ほど、そして病気など寿命で亡くなられた方はお目覚めに1日ほどかかるらしく」
ラファエルが険しい顔をして続ける。
「おそらく貴方様は事件や事故、何らかの要因でお亡くなりになられたという事かと」
「ふっ…何となく身に覚えがある。多分私は毒にやられたのだろう。誰から渡されたかは覚えていないが、確か飲み物を口にした後に倒れたな」
笑いながら話してみたが、ラファエルとガブリエル そして後ろについていた数名の者達が皆静まり返りなんとも居心地が悪い。
「まあ、そこは気にするな。よくある事だ。盛られた毒などで自分が死ぬとは思わなかったがな。たかを括っていたようだ」
「もう1人の転生者様はこの様子を見るとご病気で亡くなられたのだろうと思います」
彼女の姿をゆっくりみようと横に目をやってみたが、確かに輪郭や首のあたりが細いような気がする。
「彼女はまだ14、5歳といったところか」
「転生者様は皆、生きていらした時より10年若返ると言われております。転生魔法で守られている10年の間に魔力を増幅させ魔法を習得し、万全の状態で転生前のご年齢になられるようです」
「何?!私たちにも魔力があるのか?そして私も若くなっていると」
(目を覚ましてから信じられない事ばかり聞かされているが、更に驚く事があるとは…私が10年若くなるなど、上様が見たらさぞかし笑い転げるだろうな)
そんな事を考えていたら思わず吹き出してしまった。
「ははっ、実に愉快だな」
周りは誰も笑っていないが、緊迫していた空気が少し緩んだ気はする。
「ラファエル、残りの事は彼女が目覚められた後に話そう。転生者様、このように崩れかけた城で申し訳ないが今宵はゆっくりお過ごし下さい」
ガブリエルはそう言うと一礼をし、ラファエルと共に立ち去った。
鎧に似たものを纏った数名をこの場に残して行ったが彼等は武士のような者だろう。少し話をしてみる事にする。
「少しこの国の事を教えて貰えないか」
「私で宜しければ…」
栗色の髪と瞳を持つ綺麗な顔立ちの青年が声を発した。体格が良く大人びた表情をしているが随分と若そうだ。
「私はプロストフと申します。イシュトリア帝国騎士団・第二小隊の隊長を務めております」
手短な挨拶を済ませたプロストフは、イシュトリア帝国を守る騎士団と魔道士について、ラファエルら"エルフ"という種族について、そして今日ここで起こった事などを話してくれた。
帝国の第一皇子であるフェルマンと魔道士の一族、そして騎士団副団長のイザックなど多くの兵士が命を落とす中、国王であるガブリエル、王妃アルマ、第二皇子ルイ、皇女エマは難を逃れたという。
「非常にわかりやすい説明で助かった、礼を言う。プロストフ、お主はまだ若いように見えるが歳はいくつだ」
「私は今年17になりました」
照れ臭そうに少しはにかんだ笑顔でそう答えた姿は年相応にも見える。
「私は27だがここでは確か10若返っているようだから…同い年という事になるか。わからない事ばかりなのでこれからも色々と教えて頂けると助かる。宜しく頼む」
今の私とは同い年なのだし仲良くしよう、そう思ってかけた言葉だったがプロストフは跪き真剣な顔でこう答えた。
「身に余る光栄とはまさにこのこと。何なりとお申し付け下さい」
こちらの意図はあまり伝わっていない気もしたが今日の所は良しとする。
そろそろ休むと伝え、騎士たちには戻って貰った。
少し経つと付近に人の気配がしなくなり、自分と同じく転生者と呼ばれる彼女が寝息を立てるのみだ。
(よし)
小さく2度手を打ち術式を唱え誰もいない空間に向かって声を出す。
「泡沫、そこにいるか」
「はい、主様」
泡沫が姿を現す。
つい半日前まで陰陽師であった私の式神だ。
人型の式神は珍しいと言われたが、物心ついた時には側に呼べた為不思議に思う事は無かったし1番の理解者でもある気の置けない存在だ。
(今まで当たり前だった事が出来てこんなに安心するとは)
「どうやら私は命を失いこの世界に呼ばれたらしい。その時にお前も消えてしまったのではないかと思ったが」
「主様がいらっしゃる限り私は存在致します」
「名を無くしてしまったようだ」
思わずそう呟いてしまったが泡沫はゆっくりと答える。
「主様は、主様でございます」
面をしているような姿の為感情が読み難いが、その面に泡の一文字が描かれている所を見ると落ち着いている状態だというのは分かる。
主である私を心配していたのかホッとしているような声色だ。
泡沫と少し話して気が緩んだのか急に眠気が襲ってきた。
「明日に備えて休む」
そう言葉にして術式を解きゆっくりと目を閉じた。