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サンドリヨンのお姉さま

作者: 舞如

 むかしむかし、あるところで、『灰かぶり』と呼ばれ苛められていた女の子が、舞踏会で見初められ、王子様と幸せに結婚しました。

 そして、心のやさしい灰かぶり――サンドリヨンは、自分を苛めていた義理の姉ふたりも、国有数の大貴族と結婚させてあげました。


 これは、その大貴族に嫁いだ、サンドリヨンの姉、ベリーゼのお話。


*


 お金はあったけれど、地位のあまり高くなかった、実の父。あの人の顔はもう思い出せないけれど、頭をなでてくれた優しい手は覚えてる。

 高飛車と言われている母が、実は繊細すぎる人だってことも、私は知ってる。サンドリヨンが美しかったから、嫉妬しちゃったのよね。

 私と妹は、そんな母を守りたくて、ほんとは仲良くしたかったのに、あの子を苦しめてしまった。だってやっぱり、お母さんが大好きだから。そう、二人で決めた。

 そんな母も今ではすっかり落ち着いて、再婚した父とラブラブな日々を送っている。

 別人のように変わってしまった(というより、元に戻った)母を見て、妹はこう言ってくれた。

 ――今度は、お姉ちゃんが幸せになる番だよ。

 と。


*


 サンドリヨンの継母の長女・ベリーゼは、宮廷に住む大貴族の末っ子と結婚しました。自分で相手を選んだわけではありませんでしたが、嫌っているわけでもないので、初対面で結婚を了承しました。

 その大貴族の末っ子というのは、家督を継がない親不孝者でしたが、絵画の腕が認められるやいなや、父よりも身分の高い宮廷画家になったという有名人でした。


*


 がしゃん、と重く、鍵の開く音がした。ここに住み始めて四日、まだこの音には慣れない。

「ただいま、愛しい人(ハニー)

 そして、このバリトンの声にも。

「あら、お帰りなさいませ、あなた。……今日は早うございましたのね、まだお食事の支度が出来ておりませんの」

「ああ、それは好都合だ」

 ちゅっ、と、両頬に一回ずつキスをされる。

「どうしても、君が足りなくてね」

「あら、ご冗談ばっかり」

 後ろを向いて、こっそり眉をひそめる。どうせ、私のことなんて愛していないくせに。

 そもそも結婚したのも、あのサンドリヨンに言われたからなんでしょう?

「ねえ、こっちを向いてくれないかい? ベリーゼ姫」

「……こんなことして、楽しいかしら」


「え?」

 自分でもびっくりするぐらい冷たい声が出た。この人が驚くのも当たり前だ。

「私、妹と、妹の夫の噂を耳にはさんだのよ」


*


 ベリーゼの妹も同じく、宮廷住みの大貴族と結婚していました。しかし、幸せに思えたそれも、その噂では、妹は必要以上に虐げられているとのこと。

 毎日毎日、暴言ばかり。

 手を上げないだけ有り難いと思え、と言わんばかりの立ち居振る舞い。


 ベリーゼもそれを見たことがありました。妹はにこにこしていましたが、きっと心の中はズタズタに傷ついていることでしょう、とベリーゼは心が痛みました。


*


「どうせあなたも、アレと同じなんでしょう? ……もういいわよ、本性を現せばいいじゃない!」


 とうとう初めて、夫の前で声を荒げてしまった。彼は呆然と、そして漠然とベリーゼを見つめる。それもそうだ、ずっと、猫を被っていたのだから。

 しかし、何かを考えたらしい彼は、決意の固まった顔で、そうか、それじゃあそうさせてもらおうかな、と応えた。


「でも、」と彼は言う、「本性に戻れと言われても、急にできることじゃあない。どうだろう、明日の朝からということで」

「ええ、いいわ」


 ああ、清々した。そう思ったベリーゼも、その次の彼の科白には多少、凍りついた。

「――覚悟しておくといいよ」


 その日は、互いに背を向けて眠りについた。明日から、あのサンドリヨンを苛めた罰を受けるのだ、と覚悟をしながら。


*


 その後ろで、別の覚悟を固めている者が居るとも知らずに。


 そして、翌朝。


*


 覚醒すると、いつもより体が暖かかった。何事か、と体を動かそうとするが、うまくできない。そのまま目だけを薄く開けると、視界一杯に彼が見えた。

「おはよう、わたしの愛しい人(マイハニー)

 おでこに温かい感触。キスをされたのだ、と理解するまでには、かなりの時間がかかった。

 一体何事か。きょとんとしていると、微笑みながら次の言葉が紡がれる。

「うん、今日も格段に美しいね。窓の外に咲いている可憐なスミレも、君の輝きの前では恥じらって色がくすんでしまうようだ」

「え、ちょっと待っ、」

「待たない」

 回された腕が更に強まる。そうして、しっかりと抱きしめられた。

「本性を現せ、と言ったのは君だ。……もう一秒だって待ってやるものか」


*


 彼――イリジム・バリアートは、王家主催の舞踏会の際に、とある女性の虜になってしまいました。真紅のドレスに身を包み、バルコニーから月を見つめるその姿に。

 初めて見かけたのは、ディナー会場。立食形式で、それだけに社交の場としても使われています。ですから皆、自分を取り繕います。彼女のことも、ちらりと見かけ、ドレスが美しい、と思う以外は特に印象には残していませんでした。

 数時間後、彼はバルコニーに向かいました。社交がまったく得意ではない彼のこと、美しい星々や月に、その精神的疲れを癒してほしかったのです。

 しかし、そこには先客が居ました。

 あの、ドレスの美しい娘です。

 先ほどの高貴でありふれた印象はすぐに崩れ去りました。その娘は、歳相応のかわいらしい笑顔で童謡を歌っていたのです。Scintille, scintille, petite etoile, Je me demande bien ce que tu es. 遠い昔に母から何度も聞かされた歌と、メロディは同じでしたが、歌詞が全く違いました。しかし、イリジムはそちらの方がよっぽど気に入りました。理屈をごねる子供よりも、いじらしく輝く星を歌ったほうが、聞いていて楽しいに決まっています。

 イリジムは、声をかけようか迷いました。

 そして、迷っている間に、彼女はどこかへ消えてしました。


 舞踏会の二日目と三日目はもちろん、耐え切れなくなった恋心の赴くままに、話しかけ、踊りに誘いました。

 夢のようなひととき。しかし、三日目の舞踏会のあと、イリジムは気づきます。あの娘はどこの出身で、どの家の娘なのか、訊かなかったことを。


*


「え、じゃああなた、あのときの」

「うん、あれは僕だよ。やっと出会えたんだ」

 話が衝撃的すぎて、腕を振りほどくことも忘れていたことに、腕の力が強まったことで気づいた。

 そして、彼の瞳に、まっすぐベリーゼを映す。


「さて、僕の覚悟は示した。――君の気持ちが知りたい」


 彼女はもう、彼の中におちていた。



**


「あっはははは! それでそれで?」

「……今に至る」

 ベリーゼは、中庭でお茶をしながら、妹のカリアに事のあらましを洗いざらい吐かされていた。目ざとい彼女は、以前より夫婦仲が良くなったことを感じ取っていたのだ。

「もー、このぐらいで勘弁して頂戴よ」

「はいはい。お姉さまはお口が硬いようで」

「それより私は、あんたが苛められてるわけじゃなかったことにびっくりよ」

「えへへー」

 あのひと、極度のツンデレさんだからね。と、幸せそうな、ふにゃふにゃした顔で言われた。実は一番のバカップルはこいつらじゃないかしら。

「あら、お姉さまたちに負けず劣らず、わたくしの夫も素敵ですのよ」

 途中から参加したサンドリヨンも、いきいきとした口調で惚気話をする。

「そりゃあ、王子様だものね。完璧でしょうね」

「戴冠式、いつだっけ?」

「ええと。八日後、でしたかしら」

「あんたって子は……女王になるってのに」

「うふふ」

 わだかまりのなくなった三人はとても穏やかだ。まるで春の陽射しのようだわ、とベリーゼは思ったが、口にはしない。ここぞとばかりにつつかれ、からかわれるのがオチなのはわかりきっている。

「将来が心配だわ」

「ええ、わたくしもそう思いますわー。ですからお姉さま、いざというときは頼らせてくださいまし」

「でた、他力本願!」

「そうでなければ、ここに居ませんもの」

「そうだったわね。あんた、全てはお祖母様のおかげだったわね」

「名付け親の宿命ですわ」

 ふふ、と微笑む彼女は意外と策士なのかもしれない。


 ふと、遠くから、カリアの名を呼ぶ声がした。

「あら、お兄さまたちですわ」

 カリアの夫の隣には、イリジムも居た。そういえば今日は、新しく作った宮殿の絵付けを見てくれ、と言われていた。初めての仕事だったからか、よほど嬉しそうだった。


「あたしは一緒に外交周りだったよね」

「さっさと行くぞ豚娘」

「はーい、あ・な・た」

「……うぜえ消えろ引っ付くな」

 妹の旦那を横目で見る。確かに、顔が赤いのがバレバレだった。……そういえばこの人も、どこかで見かけたような。

「ああ、あいつは僕の幼なじみでね。あいつも君の妹ちゃんの虜になってたから、一緒にアタックしようぜ、って僕から誘ったのさ」

 そうだ、思い出した。妹の方に言い寄ろうとして失敗していた人だ。

 哀れだなって思っていたのに、こんな形で成就していたとは。


「さ、僕たちも行こうか」

 イリジムが手を取り、エスコートする。

 こんなやりとりにも、そろそろ慣れそうだ。

「ねえ、どんな絵を描いたの?」

「……言わなきゃダメ?」

「今から見るから別に良いんだけど。でも、ちょっと知りたいなって」

「すぐ、わかると思うよ」



 その絵は、宮殿に入ってすぐのところに描かれていた。


 とある城のバルコニー。

 闇夜を照らす細い月。

 赤いドレスの娘。


「気に入ってくれたかい? 僕のお姫様(マイスウィートハート)

 なんてイリジムがささやくから、私はもう耐え切れなくて。


 逃げ出した。

「ちょ、ちょっと待ってよベリーゼ!」

 でもまあ、ようやく名前で呼んでくれたからよしとするか。

 遠くから、叫んでみる。


「愛してるわ、イリジム!」

2013年頃に書いたものを上げてなかったみたいなので上げます。

当時の文章をそのままコピペしてきたので不備とかあったらどうしよう。

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