動乱群像録 90
「だが晋一。そういう風に割り切って本当にいいのか?」
突然普段無口な黒田がそう言ったので明石は驚きの目を向けた。赤みがかかった髪を短く刈り込んだ頭とがっちりとしたローマの彫像を思わせる鋭い鷲鼻と眼光に別所はしばらくぼんやりと突然の発言に呆然とするように見つめ返していた。
「割り切るも何も……」
「人が死ぬんだぞ……。俺はいいんだ。戦争で死ぬために作られた存在だからな。だが貴様等は違うだろ?」
「黒田よう。お前と俺らは生まれ方が違うだけだぜ。死んでかまわないなんて思っちゃいねえよ」
魚住がたしなめるように黒田の肩を叩く。黒田が人の手で作られたのは誰もが知っていることだったので明石も大きく頷く。
「そやな。自分を死ぬために作られたなんていいなや。それを言うたら人間みな死ぬにきまっとるやないか」
明石はそう言うと自分の空になったコップに酒を注いだあとそのまま瓶を黒田に向ける。
「飲みがたらんのやろ?ほら」
向けられた酒瓶に自分の半分くらいしか飲んでいないコップを差し出す。明石はそれになみなみと酒を注ぐがわずかにこぼれそうになって黒田は口で酒を迎えに行く。
「誰もが予想していながら避けることができなかった戦いか……まあ戦争なんてものはみんなそんなもんなのかもしれねえな」
「おう、哲学者気取りか?」
明石と黒田のやり取りにニヤリと笑う別所。それを黒田が先ほどのようなとがめるような視線で見つめている。
「この国の貴族制はそこまで根深いと言うことだ。たとえ俺達が勝って、烏丸卿や清原さんが政治や軍から追い出されても状況はそう変わるもんじゃない。西園寺さんも急な改革で貴族特権の剥奪をやれば政権がつぶれるくらいのことは承知しているはずだ。赤松の親父もそうだ。軍での平民の出世はある程度許すだろうが同程度の評価をすれば軍の多くを占める士族達が何を始めるかわからん」
「それでもやるのか?」
一通りしゃべった別所に黒田が訪ねる。
「それは俺の決めることじゃない。赤松の親父は腹をくくった。これからは俺等は生きて勝利を勝ち取れるように励む意外に何もできないだろ」
あっさりそう言うと別所は手にしたショットグラスのウィスキーをあおった。