動乱群像録 89
「戦争?内戦?お前等覚悟をしてなかったわけじゃないだろ?」
そう言うと遠いところを見るような目をする別所。明石は彼のことが今ひとつ判らずに行った。自分や魚住は文科系の大学生だった。そして仕方なく出征を命じられ戦火の中に飛び込んだ。黒田も人造人間の製造者の目的に沿って軍に適応するように作られた。だが別所は違った。
帝都病院の院長の息子。実業義塾大学医学部のエリート。どちらにしても戦争とは縁遠い有為の人材。軍に入るとしても軍医が最適と目される階層である。だが別所はパイロットとしての道を選んだ。深く突っ込んだことは無い。志願の為に休学していた大学もすでに卒業し、インターンを済ませてから軍に舞い戻ったと言う話を聞いたときは呆れてものが言えなかった。
「別所。お前はそないに戦争が好きか?」
明石の言葉ににんまり笑い殻になったショットグラスにウィスキーを注ぐ。
「戦争が好きか?俺は好き嫌いで仕事を選ぶつもりはないよ」
「本当か?そんな悪い顔して言えることかよ」
ふざけた調子の魚住の言葉にもただ済まして酒を舐めている。
「まあ……あえて言えば俺は大医になりたいと言うところかな」
再び三人をだまそうと言うような表情で天井を見上げる。
「大医……国を直す医師になるか。ずいぶん大きく出たじゃないか」
あまり酒の強くない黒田はそう言うとすでに烏龍茶に切り替えてするめを咥えている。
「まあな。実は俺は気が短いんだ。目の前の患者一人一人を治す。そりゃあ立派なことで賞賛に値するいい仕事だ。そういう医師を助けるために研究を続ける。これもまた立派。そういう人材は大歓迎だ。だが俺はどちらも勤まりそうにない。その病んでいる人達がなぜ病むかが気になる。貧しい人がなぜ貧しいか気になる。そうなると政治家になるのが一番だが、上流貴族や組織の重鎮がトップを占めてる政界じゃあ俺のできることなんて何も無い」
「だから軍か……なんや結局力任せかいな」
絡む明石に再び別所は天井を見上げた。
「こいつ酔うと天井ばかり見よる」
大学野球時代には投手の癖を見抜くのが得意だった明石はそう思いながら自分のコップに安い日本酒を注いだ。