動乱群像録 73
「醍醐さんは逃げられたか……」
清原の言葉に安東は静かに頷いた。陸軍省大臣室。すでに西園寺内閣で陸軍大臣に指名された原大将は地下の武器庫に西園寺派の将校達と共に監禁されていた。
「現在は九条平の近衛師団に立てこもっているかあるいは……」
大臣室の前を駆け回る決起部隊の隊員の軍靴の音を気にしながら安東は静かに恩のある上官を見据えた。第三艦隊の留守を突いての挙兵後の状況は予定通りに進行している。醍醐がシンパの伝で近隣コロニーの常備軍を集めるため動き回っていることもすべては計算のうちだった。
「あとは問題になるのは西園寺卿だが……首相官邸は空振りだったようだな」
清原はそう言って大臣の執務机の端末を開いた。そこには西園寺家の本邸の表玄関が映っていた。機動部隊と対峙する一人の女性に彼は目を引かれた。
「西園寺の鬼姫か……」
淡い桜色のはかま姿で鉢巻を締めなぎなたを手に床机に座って決起部隊をにらみつける美女。その様子はきわめてシュールな光景だった。
「こちらの部隊には知らせてあるのか?康子さんの能力とかを」
「知らせていません。知らせても信じないでしょうから」
淡々と答える安東の姿に多少不機嫌になりながらにらみ合いを続ける様子を眺める清原。
「それとこれもあまりいいニュースではないですが……」
「言いたまえ」
焦っているように食い気味にしゃべる清原に安東は少しばかり不安を覚えていた。
「現在大麗での同盟機構設立準備会議に出席中のムジャンタ・ラスコー陛下ですが……」
「偽者だろ?あの人が今の状況を見逃すわけが無いよ。実際彼の被官の池君と佐賀君が我々の支援に回っているのが信じられないくらいだ」
驚く様子の無い清原。その姿に安東は一抹の不安を覚えた。