動乱群像録 70
そのまま管制室を出た洋子は敬礼する部下達の前を静かに通り過ぎていた。
『これ以上……お兄様が守った濃州を好きにはさせません』
心に決め、そのままエレベータに乗り込む。
すでにパイロット経験のある兵士は出撃を終えていた。艦船やアサルト・モジュールの係留されているドックに向かうエレベータや通路には人影はまばらだった。エアロックの前でヘルメットを被り気密を保つファスナーを閉める。そしてそのまま重いドアを開けるスイッチを押した。
そこには別世界があった。重力が無い中、負傷した兵士の血液があちこちに飛び散っている。整備班員は被弾すれば空気が無くなってしまうドックの通路をヘルメットも着けずに行きかう。
「洋子様!」
一人の片腕に負傷したパイロットが声をかけてくる。引き止められるのが分かっているので洋子は無視してそのまま通路を進んだ。
振動が時折壁越しに伝わってきている。すでにこの防衛拠点に取り付いたアサルト・モジュールもあるのかもしれない。そんなことを思いながら彼女が運用試験をしていた五式の係留されているドックへと向かった。
「え?洋子さま?」
青い五式にシートをかけようと部下を指揮していた士官が振り返る。誰もが疲れ果てた表情で濃州の旗機を敵に渡すまいと偽装を施そうとするところに明子は駆けつけた形になった。
「動かせますね」
洋子の言葉に士官はしばらく考える。そのまま黙って部下達が作業を辞めたのを確認すると大きくため息をついた。
「はい、すぐにでも戦闘可能なようにできています……しかし……」
士官の言葉に迷うことなく明子は五式のコックピットに向かってジャンプした。
「これで少しは時間を稼げます!各員は民間人の脱出を優先してください」
仕方が無いと言うように士官は隠そうとしてかぶせたシートをはがすように部下に合図をする。洋子はそれを見ながらいつもの試験のときと同じようにコックピットを開けるための腹部の装甲に設けられたスイッチを押した。音も無く装甲版が跳ね上がりそのしたのコックピットのモニターが埋め込まれたフレームが開く。
「こちら『青鷺』、コントロール聞こえますか?」
すぐさまシートに身を投げてヘルメットの後ろのジャックにコードをつなげてシステムを起動させながら明子は樋口の顔が浮き上がるモニターに目をやった。