動乱群像録 69
「洋子様!一実大尉が戦死されました!」
コロニーの管理ルームに立っていた斎藤明子に通信士官が声をかける。明子はただ黙って光がきらめく濃州外周コロニー群の戦闘を見つめていた。
「こちらの戦力はあと……」
静かに長い髪を翻して振り返る女性の姿を見て鎮台府を預かる樋口は気が引き締まる思いがしていた。彼女の兄、一学の死の時も彼女は涙を見せなかった。ただじっと何かに耐えているように唇をかみ締めて立ち尽くすのは今と変わらない。そして今はその兄が守った濃州に本格的な危機が迫っている。
すでに領民の避難は開始されていた。一番近い泉州はあの遼南皇帝である嵯峨惟基の領邦だった。もしそこに手を出せば遼州同盟を敵に回す。さすがに越州の切れ者と呼ばれる城一清もそこに手を出すことはしないと洋子は読んでいた。それらの指示を出してこうして部下達の指揮を執る少女を支えたい。樋口は心の底からそう念じていた。
「現在は補給のため『なみしお』と『くろしお』が待機中です、後は泉州から事実上の亡命と言う形で『来島』を旗艦とする巡洋艦二、駆逐艦四がこちらに向かっているところです」
「そうですか……」
明らかに戦力では勝ち目は無かった。そして第三艦隊も保科老人の死によって帝都の治安が悪化すれば引き返さなければならなくなるのは分かりきった話だった。
「それでは私も出ます。指揮をお願いします」
そう言った洋子。樋口はもうそれを止めることはできない。
「五式を使いますか?」
樋口の言葉に静かに頷く明子。
「あの機体は相性がいいんですの。なんとなく時間を稼げるような気がしますしね」
強がりのような笑い。ただこの絶望的な状況でも笑みをこぼせるのはあのエースと呼ばれた兄の血を引いていることがわかって樋口も気が楽になって孫のような主君に大きく頷いて見せた。