動乱群像録 66
「洋子様が出ることは無いでしょう」
斎藤一実はパイロットスーツで少女の前に立ちふさがった。すでに前線では戦いは始められていた。越州軍の主力は初めは様子見程度に駆逐艦などを繰り出しては引くと言う動きを見せていたが、胡州の第三艦隊が出撃準備に入ったと言う知らせとともに全艦隊を濃州第三コロニー、この濃州防衛部隊駐屯基地に向けて進めてきていた。
「私が動かなければ士気が下がります!それに一実様にはしてもらわねばならないことがあります」
そう言って長い黒髪をヘルメットに収めようとしている少女、斎藤明子は分家でも名の知れたパイロットで防衛部隊長の斎藤一実大尉を避けて進もうとした。だがそれでも斎藤とその部下達は明子の前に立ちふさがる。
「洋子様!あなたを失えば濃州の士気は落ちます。そうすれば赤松公の艦隊が到着したとしても……」
斎藤の言葉に洋子は大きくため息をついた。
「まるで私が無能のようなおっしゃりようですね。私も胡州の青い騎士と呼ばれた斎藤一学の妹ですわよ。それなりの活躍くらい……」
「それが甘いと申し上げているのです!戦場では強い弱いより運次第で明暗が分かれるものです。大将を失えば必然的に濃州は落ちます!」
「でも……」
そう言って口ごもる女主の鳩尾に一実はこぶしを放った。突然のことにそのまま意識を失う明子。
「大尉……」
部下達は突然の一実の行動にためらっている。一実は静かに彼女を抱えると人を呼ぶべく駆逐艦のタラップに手を振った。
「この戦いは私情で動いてはならないものなのです。一学様の守った濃州。明子様が立派に支えていって下さらなければ意味がありません」
そう言うと事態を理解した兵士達は気を失ったままの洋子を担ぎ上げる。
「それでは濃州勢の力とやらを越州のならず者に見せてくれようか」
一実の笑いに周りのパイロットスーツの男達も笑顔を浮かべる。そしてそのまま駆逐艦のタラップに向けて無重力空間を浮いたまま進んでいくことになった。