動乱群像録 6
ほとんど成り行き任せのように明石は赤松の推薦で胡州海軍に復帰することになっていた。血なまぐさい思い出の残る芸州コロニー群から第四惑星胡州の第二衛星播州に移ると、胡州海軍名称『特戦』と呼ばれる人型戦闘兵器アサルト・モジュールの搭乗訓練が彼を待っていた。かつての特攻兵器の異様と思えるハードな訓練を経験した明石にはぬるく感じる訓練にも慣れて二ヶ月が経った。その頃には明らかに自分より年下の同期の訓練生と同じメニューだけをこなすのはプライドが許さず、休みには昇進試験のための勉強をすることにしていた。
その日も明石は本来は二人部屋だが別所の計らいで彼専用になっている部屋で国際軍事法のテキストを開きながら昼食までの時間を過ごそうとしていた。呼び鈴が来客を告げた。明石はテキストを閉じるとそのまま部屋の扉に向かう。
「よう!元気か」
そう言って一升瓶を抱えて飛び込んできたのは魚住だった。後ろには別所、そして黒田の姿もある。
「おう、昇進試験向けの勉強か?さすが帝大出は頭の出来が違うねえ」
魚住はそのままベッドに腰掛けると日本酒の瓶の蓋を取る。
「魚住少佐!日中ですよ。それに勤務中じゃ……」
明石は無理に標準語でしゃべろうとしてアクセントがひっくり返る。その姿が面白いのか魚住はにんまりと笑うとコップを黒田から受け取ってそのまま豪快に注ぎ始めた。
「安心しろ、今日は俺達は非番だ」
そう言って隣の椅子に腰掛ける別所。黒田は魚住の隣に座り手にしたコップに魚住が酒を注ぐのを待っていた。
「基礎は出来ているみたいだから推薦した俺も鼻が高いよ。教官としても問題点も一度注意すればすぐに自分なりの回答を用意してくれているから教えがいがあるしな」
別所はそう言いながら黒田の酒を受ける。
「そないにおだてても何もでえへんぞ。それにワシは訓練生じゃ一番の階級で年も上じゃ。それなりに実力を示さな顔が立たんわ」
明石はそう言ってグラスを受け取る。この面子での飲み会はこれが初めてでは無かったが、昼間に訓練所の寮で飲み交わすと言うのは初めてだった。黒田は手にしたスルメを順に配っている。
「何かあるんか?」
一息ついたというように黒田が酒を含むのを見て明石が口を開いた。
「ああ、実はお前には今の訓練メニューを切り上げてらうことになってな。それを伝えに来たんだ」
別所の突然の言葉に明石は困惑した。
「早すぎるんじゃ……」
そう言ってスルメを口にくわえる明石。だが、魚住や黒田の顔を見てもそれが冗談とは思えないものだった。
「わかってるよ。実機の宇宙空間でのバランスがようやく取れるようになったところで卒業。確かに自信があるほうがどうかしてるよな。だが、訓練用の97式と現在配備中の三式じゃあかなり機体の特性が違うんだ。はるかにOSが進歩してパイロットの負担を軽減するようになっているからな」
別所の言葉に明石は素直に頷いた。
「で、ワシの勤務先は?」
そこで別所達はにんまりと笑う。
「第三艦隊第一遊撃機動部隊。隊長はコイツだ」
魚住はそう言って別所の顔を見つめた。