動乱群像録 55
沈黙する中、三人はそれぞれに酒をすする。誰一人話しかけることを知らない。そんな男達に愛想を尽かしたようにトメ吉は三味線を爪弾く。その調べがむなしく響く中で時だけが静かに過ぎた。
「あいつがいたらどう言うだろうな……」
安東の言葉に視線は自然とトメ吉に向いた。彼女も困惑したように作り笑顔で答える。
「分かんねえよ!俺には!」
そう叫ぶと立ち上がってそのままふすまを開いて庭に飛び出した嵯峨。あっけに取られて見守っていた安東達だったが一人すっと立ち上がったトメ吉がそのまま廊下にまで出ると振り返った嵯峨の頬を平手で打った。
「甘えるんじゃないよ!男だろ?覚悟を決められないなら男を辞めちまいな!」
急激なトメ吉の変化に三人は呆然としていた。しかしその沈黙も安東の爆笑で途切れることになった。
「そりゃいいや!新三!テメエはよく女物の着物を着てタバコをくゆらしてただろ?あの時みたいにこの店で居残りを決め込んだらどうだ?皇帝なんてくだらねえ仕事なんて捨てちまってさ!」
「そうやな。……ワシも付き合って海軍辞めたるわ。安東も付き合いで部屋で暇するのもええやろ。なあ?」
三人は笑い始めた。安東も嵯峨も赤松もそんなことができないのはわかっている。でもそれでも今はそんなことを空想して楽しむことくらいしかできない。恐らく止めることのできない対立の構図の中、安東と赤松の二人が生きて再会することが無いことも二人とも分かっていた。
「それじゃあ飲むぞ!トメ吉さん、他に空いてる娘はいないの?」
「あら、年増のお酌は嫌でありんすか?」
昔のおちゃらけた人気芸者の姿がそこにあった。
誰もが明日を忘れたい。その思いでこの店で酒をあおる。そんな退廃的な享楽におぼれるのも良いだろうと思いながら三人は酒をあおり続けた。