動乱群像録 54
「すまんな。しばらく家には帰っていないんだ。ただ最近はふさぎこむこともあまり無くなって色々話をしてくれるな」
「そうか……」
安東の言葉に安心したように頷くと赤松はゆっくりと肴の寄せ豆腐に箸を伸ばす。
「まあ忠さんはと言えば相変わらず尻に敷かれているみたいだけどな」
「そないなことは……」
「無いのか?」
ニヤニヤと笑う嵯峨に突っ込まれて一人うつむく赤松。そんなやり取りはそれぞれが現在の胡州を取り巻く政治状況を演出している人材であると言うことを忘れさせるほど和やかなものだった。トメ吉も安堵したように漆が赤く輝く酒器で安東の杯に酒を注ぐ。
そんなトメ吉に笑顔を見せた後、すぐに安東の顔は真剣なものに変わった。
「それはそれとしてだ」
安東は杯を膳に置いて静かに嵯峨を見つめる。
「俺達を会わせた。もしかして仲直りさせるとか言うつまらない話じゃないんだろうな」
低くこもった安東の声。嵯峨は杯をあおり静かに目を赤松に向ける。
「そないに単純な立場ちゃうこと位はわかっとるわなあ……あれか?最後の酒席を見たかったんか?」
赤松の問いにも答えることなく遠慮がちに一歩下がったトメ吉を一瞥した後、嵯峨は横に置かれた斎藤一学の遺影を手に取った。
「俺達……馬鹿をやっていた時代があって、あの戦争があって、それから色々あって今の立場だ。貞坊は今や陸軍じゃあ英雄だ。忠さんもどうして海軍や庶民には人気の人材。そして俺は遼州を率いる新星とか言われて持ち上げられてる」
そう言うと嵯峨はわずかに残っていた杯の酒を飲み干した。赤松も安東も黙ったまま着流し姿のこのような店には似つかわしくない風情の男をじっと見つめている。
「でも俺達のどこが変わったんだ?斎藤の奴の戦死。おれは遼南で遼北の機甲師団を前にして無様な大敗を喫する直前に聞いたんだが……泣いたよやっぱり。不死身の憲兵隊長とか『人斬り新三』とか呼ばれていきがってたけど結局は中身は何にも変わっちゃいないんだ」
嵯峨の言葉に安東は静かに頷いた。赤松も黙ったまま膳の上に視線を走らせている。
「お前さん達の喧嘩。最後まで看取るのが俺の仕事なのかもしれない……だから言わせてもらうよ。勝負は一撃で決めてくれ。長引けば長引くほど俺は遼州同盟を抑えるのが難しくなる。にらみを利かせても地球軍の介入を抑えるのも限界がある。俺からのお願いはそれだけだ」
そう言うと嵯峨は再び杯を手に取った。トメ吉はその空の杯に酒を注ぐ。沈黙が場を支配することになった。