動乱群像録 5
「なんでやて?使える奴がふてくされて場末の居酒屋で侠客気取りで寝ておりますなんて別所が言うからな」
赤松はそう言うとコップ酒を進めた。明石が振り返ればそこには薄ら笑いを浮かべる別所の姿がある。
「騙したんか?」
口をついて出たのはそんな言葉だった。明石はそんなネガティブな言葉しか出てこない自分の今の語彙に引きつった笑みが浮かぶのを感じた。
「事務所を訪ねたんだが出ていると言う話だったからな。はじめから貴様に会いに行ったんだ」
別所の言葉にそれまで座敷の将校達と雑談を続けていた魚住が大きく頷いている。緑の髪の黒田も真剣な顔で明石を見つめていた。
「それほどワシは立派な人間じゃ……」
「それや!」
赤松はそう言って手を打った。そして喜びに打ち震えるように明石の手を握り締めて立ち上がる。
「自分が立派やなんて思うとる奴にろくな奴はおらん!自分のことがわからん奴は信用でけへん。ワシもそうや!この別所かて自分をただの人殺しや言うて、うちに来るのを嫌がった末に引き抜いたんや。今、胡州にはそう言う謙虚な人材が足らん!どいつも天狗かアホしかおらん……」
つばを飛ばしてまくし立てる赤松に明石は苦笑いを浮かべた。明らかにそれが芝居だと言うことは見抜けない明石ではなかった。だが、その言葉は大げさにしろ本心から出ているだろうと言うことがわかって少しばかりこの将軍を信用する気になり始めた。
「それでワシは何をすれば……」
そう言ってしまうと明石の前の将軍は言葉を止めてにんまりと笑う。赤松が目で合図すると座敷の士官が手にしていたトランクを明石の前に置いた。
「まず格好から行こか」
赤松の言葉とともに開かれたトランクには胡州海軍の詰襟が入っていた。集まってきた将校に汚れたジャケットとズボンを剥ぎ取られ、そのまま中の新品の軍服に着替えさせられた。
『もうどうなってもかまへん』
そんなやけっぱちな気分で体の力を抜いて士官達に着替えさせる明石。
「どや!」
着替えが終わって明石は階級章を見た。
「中尉?」
「すまんなあ、とりあえず一階級しか上げられなんだ。海軍のお堅い連中はホンマ使えんわ」
赤松はそう言うと別所に目をやる。彼の手には冊子が握られている。
「とりあえず特戦訓練課程への推薦は済ませてある。貴様なら手加減せずに鍛え上げられるからな」
そう言う別所が何を言いたいのか明石にはわからなかった。
「特戦?ああ、アサルト・モジュールとか言うロボットに乗れ言う話しですか?それで鍛える……?」
「別所教導官殿の特別メニューが待ってるってことだ!俺や黒田も手伝うけどな」
魚住が満面の笑みを浮かべている。
「これもまたありやろか?」
自分に言い聞かせるように明石はつぶやいていた。