動乱群像録 48
赤松の指示は愚直に実行に移された。彼らを襲撃するものが無いのは陸軍・海軍の憲兵隊の監視によるものだと明石は気づいていた。現にいつもどおりの訓練を終え帝都西城基地でアサルト・モジュールから降りてそのまま着替えをするために更衣室にたどり着く間に憲兵章をつけた兵士と5人もすれ違うことになった。
「父上の配慮でしょうか?」
更衣室から出てきた明石を迎えた楓はそう言うとにこりと笑う。あまり笑顔と縁がないと思っていた少女の表情の変化に明石も苦笑いを浮かべた。
「ワレの親父さんが憲兵隊に在籍していた時期があったのは知っとるけど……今でも影響とかあるんか?」
そんな明石の言葉にあいまいな笑みを浮かべる楓。
「おう!いたか!タコ!」
「誰がタコやねん!」
突然背後から声をかけられて明石はその声の主の魚住の頭を思い切り押し付けた。2メートルを超える長身を誇る明石の手を載せられてもがく魚住。
「魚住中佐。何か事件でも?」
「ああ、正親町三条の嬢ちゃんも一緒か?なら話は早いな。端末を起動してくれ」
明石の手を振り解いた魚住の言葉に二人は腕の端末を開いた。休憩所にたどり着き、各種のデータを検索したがそこに出てくるのは一人の男の話題だった。
「とうとう腹を決めてくれはりましたな」
画面で演説をする男。西園寺基義の姿に明石は安堵しているようなため息をついた。
「そうだな。とうとう本命が出てきたわけだ。こりゃあ荒れるかもしれないな」
じっと画面を見つめている楓を一瞥すると魚住がそう言って明石を見上げる。巨漢の明石から比べればかなり小柄な魚住。そんな魚住の向こう側にも広がるパイロットの待機室には数多くの先客がいる。誰も彼も自分の端末に目をやり緊迫した状況に頬を震わせている。
『……であるからして。同盟諸国との連携を図る必要があると考えるわけです』
「ふざけるな!」
一人のパイロットスーツの将校が腕の端末を取り外すと床に投げ捨てた。周りの人々は彼に目をやる。同調するようなそぶりを見せるもの、嫌悪の念を視線に乗せるもの。
明石はすでに矢が放たれたのを感じながら呆然と自分を見つめている魚住の方に向きなおった。