動乱群雄録 40
敗戦と復興で持ち直したのがうわべに過ぎないことはこの帝都でも路地に迷い込んでみればすぐ分かる。明石はこの路地を歩きながら去年まで肩で風を切って歩いた芸州コロニーの闇市を思い出して歩いていた。後ろからついてくるのは是非との意向で部下達を代表してついてきた楓がきょろきょろと辺りを見回している。
「なんや、珍しいんか?」
リラックスしている明石を緊張した面持ちで見上げて無言で頷く楓。だが、明石は別所が会合の場所に選んだ寺に向かって歩みを速めた。通り過ぎる人々も海軍の制服を着た二人をわざとらしく無視している。
明石もかつてはそうだった。
戦争と言う天災に近い出来事で人生そのものを棒に振った気持ちで、ただ地べたを這い回るしかないなどと自分を慰めながら同じ境遇の者同士で寄り集まるのは負け犬だったかつての自分。やっかみと羨望で軍人や官僚達を持ち上げてすごしていた時代を思い出して明石は苦笑いを浮かべた。
「あそこに墓地が見えますよ」
楓がそう言う前に嗅ぎなれた線香の香りに明石は気づいていた。路地を行きかう闇屋や担ぎ屋ではない参拝客を目にするようになると、古びた本堂の伽藍が目に入る。周りのバラックと比べれば確かに瓦がきちんと並んでいる屋根は見事に見えた。だが墓には雑草が見え、塀は破れ、塔婆が散らかっているのが見える。
「荒れてますね。こんな……」
「そないな顔せんといてな。貴族相手の寺やったら別やけど今はどの寺も今はこんなもんやで」
そう言いながら明石は破れがちの塀に沿って門を目指す。門には背広の男が立っており、明石の顔を見ると黙って道をあける。
「大丈夫なんでしょうか」
楓が言うのも当然な話で、男の左胸には膨らみがあり、そこには銃が隠れているのは間違いが無かった。門をくぐると寺の荒れ方がかなり本格的なことに気づいた。襖はつぎはぎで覆われ、柱には大きく傷跡が見える。
そうして入り口には今度は陸軍の制服を着た下士官がライフルを構えて立っている。
「ご苦労さん」
そう言って明石が頭を下げると下士官は戸惑うように笑った後、奥を覗き込んだ。見慣れない陸軍士官がきびきびと歩いてくる。
「明石清海少佐ですね。それと……」
「正親町三条楓曹長であります!」
直立不動の姿勢で敬礼をする少女に微笑んだ陸軍中尉は敬礼を返す。
「靴を脱いで上がってください。あと、出来るだけ下を見ながら歩いてくださいよ。床が傷ついているので下手をすると靴下をだめにしますから」
そう言って靴を脱ぐ二人を眺める中尉。警備の下士官は二人の靴を横に片付ける。40足以上の靴が並んでいるところから見てそれなりの規模の集会であることは分かった。明石も奥に消えようとする中尉について薄暗い寺の屋根の下を歩いた。