動乱群像録 31
「さてと、これでワシは無理やり青年将校に拉致されて会見場へ引き出されたいう証言が作れるなあ」
赤松はそう言って両手を伸ばす。
「別所!貴様!」
明石は自分が完全に踊らされていることに気づいて叫んだ。若手海軍士官による強制的和睦。それが今回のシナリオだった。
「ああ、坊さんすまんな。別所のやり方はどうも乱暴でいかんわ」
そう言って赤松は隣で黙って前を向いている別所をかばう。
「さてと、正親町三条邸へ……そや、正親町三条さんは明石の部下やったな」
赤松の言葉にしばらく混乱していた明石だが、それが彼の唯一の女性の部下正親町三条楓をさすことを思い出し手を打つ。
「仕組んだのは嵯峨大公でんな」
じっと赤松をにらみつける明石。自分の顔が闇屋の用心棒のときのものになっていることくらいは明石も分かっていた。だが赤松も別所も黙って車に揺られている。追跡する車は無い。ただ黒田の運転する車は官庁街を抜け、貴族の邸宅の並ぶ町並みを進んでいた。
「ですが西園寺大公は家から出ていない言いますけど」
「新三のことや、康子はんをつこうて首根っこ掴んで引き出したんとちゃうか?」
そう言って赤松は笑う。車が減速し大きな門構えをくぐる。車止めには先客がいた。陸軍の公用車、自然に赤松の顔が曇る。
「清原さんか」
車が止まり、書生がドアを開ける。別所、赤松、明石の順で正親町三条家の玄関に降り立つ。
「おう、貞坊!」
赤松が叫んだ先には暗闇に一人の陸軍大佐が立っていた。明石が目を凝らす中、その将校はゆっくりと近づいてくる。
「安東大佐……」
別所の言葉に明石もその男が『胡州一の侍』と呼ばれたアサルト・モジュールパイロット安東貞盛大佐であることを理解した。
「西園寺公は?」
ゆっくりと一語一語確かめるようにして安東は赤松に尋ねた。
「康子さんのことはよう知っとるやろ?大丈夫なんちゃうか?」
それだけ言うと赤松が何かに気づいたように振り返った。黒い高級車が屋敷の車止めに止められる。その中でちらちらと刃物のようなもののきらめきが見えて別所が腰の拳銃に手をかけようとした。
「やめとけ、康子はんや」
赤松の言葉に書生が開けたその車のドアから薙刀の先が突き出しているのが見えた。それに続いて諦めたような顔の西園寺基義が現れる。
「赤松君!これはどう言うことだ!」
車から降りた西園寺はそのまま自分を笑顔で見つめている赤松に詰め寄る。
「ああ、これの文句は新三に」
その赤松の言葉に安東が腹を抱える。その二人の息の合い方を明石は不思議に思いながら見つめていた。