動乱群像録 3
「『千手の清海』か……極道にも顔がきくんかいな、晋一は」
そう言って赤松は明石を眺めている。先の地球と遼州星系の戦争で追い詰められていく補給部隊や撤退する輸送艦を護衛して一隻の脱落者も無く護衛駆逐艦の艦隊を率いた男。伝説の策士を目の前に明石はただ呆然と立ち尽くしていた。
「おう、いつまで立っとん?ここ、ここに座れ」
明石はそのままカウンターの手前を叩いて明石を座らせる。人のよさそうな顔に口ひげを蓄え、多少出っ張った腹を叩きつつ店の亭主からコップ酒を受け取る赤松。
「別所!お前等もや」
明石の言葉にカウンターに席を占める別所達。
「この芸州じゃあ帝大出の坊主の倅が肩で風切って歩いとる言う話は聞いとったが、ずいぶんとおとなしいもんやなあ」
一口酒を口に含むと堅苦しい顔の中にめり込んでいるように見える大きな目で別所を見つめる。
「なあに、場所をわきまえているだけでしょう。まさか御大将の目的の一つが人材の一本釣りをは思っていないでしょうからね、こいつは」
別所の口から一本釣りと言う言葉を聞いても明石はまるで理解できなかった。
「お前さんの親分さんな。杯返してくれ言うとったわ。土下座はいらん、とっとと出てけって……なあ!」
そう言ってカウンターの後ろの座敷で議論に明け暮れていた部下達に赤松が目を向けると彼等は笑顔で頷いた。
「破門……なんでワシが?」
明石はなぜ自分にこれほどの好意を赤松が見せるのか理解できなかった。しかもそれが海軍への引き抜きと言うことらしいのでただ呆然と立ち尽くす。
「兄貴……ですか?」
明石が考えてみると兄の差し金以外に考えが回らなかった。播磨コロニー群一の名刹福原寺の次男として生まれ、胡州帝国第一大学の文学部のインド哲学科に学んだころから兄、明石清園とはかなりギクシャクした関係だった。貴族に列し伯爵の爵位も持つ大本山の跡継ぎは兄に決まり、恩位の制で子爵の格を得てどこかの寺の婿養子になる運命だった明石はまるで当然のように時代が戦争に向かうことに巻き込まれていくことになった。
戦況の悪化で文系の大学生を対象とした学徒出陣で大学を早期終業した明石はそのまま学徒兵対象の指揮官教育を受けると少尉として『決起攻撃隊』に配属となった。対消滅爆弾にコックピットをつけてそのまま敵艦隊に突入する。アステロイドベルトの基地でそのための訓練を部下の幼年兵達に施すだけの毎日。そして命令があればそのまま人間爆弾として敵艦隊に突撃する。そんな緊張感が自分を蝕んでいたことが分かったのは戦争が終わり福原寺に帰ってすぐのことだった。
敗戦国として多額の賠償金を課せられた胡州は役人になる基準を厳密化し、戦前ならば貴族であると言うだけでどんな無能な人間も採用したコロニー管理局などの役所にも明石は門前払いを食らった。ただのんべんだらりと居候を続けて3ヶ月。兄の視線、その嫁の視線が痛く突き刺さることと、常に死を感じながら訓練を続けた記憶に追い立てられるように明石は実家を飛び出した。昔から野球で鍛えただけあり腕力には自信があった。度胸もそれなりに自慢だった。魚住が言ったとおり、貴族の年金を元手に闇屋を始めた明石がいつの間にかヤクザの世界に入っていったのは自然な流れだった。
そんな自分にどうしてこの人のよさそうな猛将が興味を持つのか。そんなことを考えながら明石は目の前に並ぶ串カツに手を伸ばした。