動乱群像録 25
じっと立っている楓に明石は仕事を始めるかどうかで悩んでいた。
「そう言えば時々ワレの親父さんが来とるようやけど……」
「そうなんでありますか?」
きびきびと話す楓に明石はしばらく彼女と付き合うことを選んで端末のモニターを休止させた。
「ああ、知らんのやったらええわ。それよりなんで海軍に?」
「はい!お姉さま……いえ、西園寺要准尉の勧めで……僕なら陸軍では無く海軍がいいと言うことでしたので」
その言葉に明石は皮肉の笑みを浮かべざるを得なかった。烏丸派の牙城の陸軍で苦労する対立勢力の一人娘。その苦労は容易に想像できた。楓の口ぶりから要とは相当仲が良いのだろう。苦労をさせまいと目の前の少女に海軍行きを進めるサイボーグの女性の姿がまぶたの裏に浮かぶ。
「ああ、親戚同士仲のええことはええことや。じゃあ何で特機部隊を選んだ」
その言葉にしばらく考えた後、楓は口を開く。
「父上の影響を受けました!」
よどみも迷いも無かった。先の大戦での遼南戦線。そして遼南内戦。そして現在続いている同盟による軍事活動。どの場所にも黒いアサルト・モジュールを駆る嵯峨の姿があった。エース・オブ・エース。そのような言葉をかけたのなら自虐的な笑顔を浮かべてタバコの煙を吹きかけてくるだろう人物の顔が脳裏をよぎる。
「ちょい待ってくれや」
そう言うと明石は再び端末の画像を見ると楓の士官学校での成績を見てみた。
「ほう、技術系の成績が良いな。それと戦闘系。特に射撃と格闘戦が得意……うちの先輩達にも見せたい成績だな」
「恐縮であります!」
成績を見た後に楓を見てみるとその長い前髪と結わえられた髪は戦国時代のじゃじゃ馬姫のようにも見えた。
「それじゃあ、うちの悪たれ共と顔合わせせなあかんなあ……そうや。うちの隊の本文とする言葉、知っとるか?」
そんな明石の言葉にしばらく考える楓。
「それはなんでありますか?」
素直に答える少女の姿につい笑みが浮かぶ明石。
「『至誠』って言葉だ。誠を尽くすのが武人の本懐。後に指揮官となるんやったらちゃんと覚えとき」
「はい分かりました!」
その言葉に合わせて明石も立ち上がる。
『ワシも年を食った……って20代が言う台詞やないなあ』
明石はそう言うと直立不動の楓をつれて隊長室を出た。