動乱群像録 20
「ああ、明石清海言います。娘さん……大丈夫ですか?」
「大丈夫よね!」
明るくたすき掛けをした帯を緩めながら康子が叫ぶ。だが背中を打たれて倒れていた少女はしばらく膝に付いた砂を払っていて康子の問いに答えることは無かった。
「ほら大丈夫!」
「大丈夫に見えますか?お母様」
砂を払い終えて立ち上がる要。腕まくりをしているひじから先に筋のようなものが見える。
『そう言えば要様はサイボーグだったな』
明石は祖父を狙ったテロで瀕死の重傷を負い、体のほぼ90パーセント以上を失った要の過去を思い出していた。西園寺家はいつも国粋主義的な勢力にとっては敵以外の何物でもなかった。多くの当主がテロで倒れ、子息は凶弾に倒れた。それでも進歩的な家風で常に政治の局面に関わり続ける一族の力に明石はただ感服しながらその次期当主の要の姿を眺めていた。
「サイボーグがそんなに珍しいですか?」
鋭い言葉を吐く要だが、闇市で無法者同士のやり取りを繰り返してきた明石にはかわいらしく感じられた。所詮は安全地帯にいた人間の目。いくら不良を気取ろうにもそんな自覚のない甘えがその目の奥に見て取れた。
「それでは自分達はこれで」
別所が頭を下げる・明石は二人が気になりながらもつれてきた別所の手前、一礼して稽古の場から去った。
「晩御飯は期待していいわよ!」
子供のように見える笑顔で康子は明石達を見送った。
そのまま廊下は続く。そして池に囲まれたそれほど大きくない離れに着いたとき、再び別所はそのふすまの前でひざを突いた。
「別所、明石。入ります」
別所の声が静かな離れに響く。しかし何の反応も無かった。
「別所!明石!入ります!」
今度は力を入れて別所が叫んだ。
「聞こえてるよ!入りな!」
澄んだ声がふすまの向こうから聞こえる。それを合図に静々と別所はふすまを開いた。中でこの館の主、西園寺基義と二人の上司の赤松忠満は目の前の碁盤を並んで見つめていた。
「ああ、無駄ですよ。そこの黒石。丸々死んでますから。また俺の勝ちですね」
どう見ても自分達より若い男が陸軍の制服を着て西園寺達の前に座っていた。静かにふすまを閉める明石。
「ああ、明石。お前は囲碁はわかるか?」
助けを求めるような調子で赤松が明石を呼ぶが、明石は首を振った。
「だめだめ!もうこうなったら挽回不可能ですよ。でもまあ兄貴もずいぶんとましになりましたね」
西園寺を兄貴と呼ぶ。そのことでその陸軍大佐が遼南皇帝にして胡州四大公の当主嵯峨惟基であることが分かり明石は当惑した。