動乱群像録 193
「勝ったって言うけど……」
つぶやく赤松の顔に勝者の誇りは無かった。親友を倒して、妹を不幸にして手に入れた勝利。それは甘くないものだと言うことが明石の目にもわかった。
「勝っちゃいねえよ。むしろ本当に勝ったのは貞坊の方かもしれねえよ。俺達はこれから世の中の毀誉褒貶を浴びながら生きていくことになる。たぶん今回の官派の敗北を認められない人間も多い……」
「しばらくは乱れるでしょうね」
嵯峨の言葉を引きつぐ別所。過激派の一部の暴走が続いている以上、明石もそれを否定できなかった。
「だからみなさんにかんばってもらわないと」
いつの間にか明石の目の前に来ていた貴子の声。明石の身が引き締まる。
「そういうこと。で……」
明石に目をやった後、嵯峨は墓石に手を合わせる赤松を覗き込んだ。
「しばらくはワシの手駒やからな。貸さんぞ」
「まあそうだろうね。俺ももう少しこいつに丸みが出たら……」
「ワシそんなに太っとります?」
とぼけたような明石の言葉に赤松と嵯峨は顔を見合わせた。さわやかな笑い声が墓地に響いた。その笑いはつい黒田に、そして魚住へと伝染した。
「わかっとりますよ。ワシはまだ闇屋の癖が抜けとらん」
「そういう事だ。もう少し制服の似合う面になったら迎えに来るわ……楓」
嵯峨は黙っている娘に声をかけるとそのまま歩き出した。
「皇帝陛下……」
「いらねえよ、護衛なんか。それよりオメエ等も頭下げとけよ。仏さんに失礼だ」
そう言うと嵯峨は楓を連れてそのまま墓地の出口を目指した。