動乱群像録 192
「ところで坊さんよ」
嵯峨の言葉に気が付いて視線を落とす明石。なんとなく言葉を選ぶのが疲れてきた明石はただ黙って嵯峨を見つめていた。
「忠さん……そのうちこいつを借りて良いかな?」
「借りるって……あれか?遼南の騎士団だのなんだのに……」
「違うよ。俺の直感だがどこかでこいつの力が必要になりそうなんだわ」
しばらく誰もが嵯峨の言葉の意味に気づかなかった。ただ一人貴子は納得したような感じで夫に笑顔で合図していた。
「同盟絡みか……ずいぶん急な話やな」
「遅すぎるよりいいと思いますよ」
ようやく夫の墓から立ち上がった恭子。その目の涙はようやく乾こうとしているところだった。
「私もいつも遅すぎましたから……」
「そんなこと言うてくれてもうれしないで……」
「お兄様を喜ばせるつもりはないです」
最後の言葉ははっきりしていた。そして深々と貴子達に一礼すると恭子はそのまま線香の香りの漂う中を歩いていった。
「つらいな忠さん。泣いて暴れてくれたほうが良かったんじゃないのか?」
嵯峨の言葉に苦笑いを浮かべる赤松。そんな様子を見ながらエキセントリックな皇帝、嵯峨惟基をまじまじと見つめる明石。嵯峨もその視線を嫌ってか安東の墓石に桶の水をかけた。