動乱群像録 187
「かなり香水がきついんですね」
楓の言葉に振り向いた明石が苦笑いを浮かべた。
「ええやん。それで陛下」
「陛下は辞めてくんねえかな」
「そうだぞ。嵯峨大佐……墓苑でいいんですよね」
明石の仏頂面を見ながら助手席に座った魚住が振り向いて笑う。
「頼む」
それだけ言うと嵯峨は静かに目をつぶった。
「すみません。魚住の奴はデリカシーがないもので」
そう言って頭を下げる黒田を片目で確認してにんまりと笑って見せた嵯峨に楓が大きく安堵の息をついた。
すでに市街戦の跡はかなり修復が進んでいた。時々商店や屋敷の壁に銃痕が残っているのが先日の近衛師団突入の戦闘の激しさを物語っている。自然とそんな光景を前にして会話も途切れた。
街が流れて消え、市街調整区域を抜けると空の赤い雲が車内までも赤く染めてくる。
「どうしても思い出すな……」
不意に嵯峨がつぶやく。この先には墓所があるばかり。明石はそれを聞いて何度となく戦友や学友の墓参りに行きたくても行けない闇屋時代を思い出した。
「もうそろそろ……」
振り向いて知らせようとした魚住が明石の急ブレーキでシートに頭をしたたかぶつけた。
「何しやがんだ!」
「そこで検問やってるやん」
淡々と応える明石を魚住は恨めしそうににらみつけた。