動乱群像録 182
「法術の話は知ってるか?」
「突然なんやねん……法術?修験道の一種かなにかか?」
魚住の突拍子の無い話に呆然と訪ねる明石。そしてその言葉にかすかに動きを止めた楓を見て魚住はどう話を切り出したらいいか考えた。
「正親町三条曹長。何か聞いたことがあるか?」
「な……何がですか?」
「お前の親父さんの嵯峨惟基や伯母の西園寺康子様。そして……」
魚住が追い詰めるたびに小さくなる楓。明石もこれを見て少しばかり不審に思った。
「隠し事か?隠さなあかんことならこいつなんて無視してやり」
「ひでえなあ。実際さっきの狙撃手の話を聞きたがったのはタコじゃねえか」
「まあそうなんやけど……なあ」
明石が目をやると鳩が豆鉄砲を食らったようにあたふたと麺を啜る楓。この少女の過去に何があるかを明石も知りたくないわけではなかった。
嵯峨惟基。元々かなり胡散臭い人物の娘である彼女がその巨人の持つ秘密。そして一族である西園寺康子の秘密について何かを知っていることはすぐにわかった。それでも明石がそちらに話題を振らなかったのはその秘密が今は知るべきじゃない事実だと言うことを直感していたからだった。
前の大戦の終戦前日。特攻用の兵器のメンテナンスを頼みに言った際、明石は見たくも無い出撃表を見ることになった。
そこには貴族は原則として出撃させないと言う注意書きが書かれていた。艦には明石以外は爵位を持つ人物はいなかった。そして明石は所詮は寺社貴族の次男坊ということで士族や平民上がりの同僚達や上官達と同じ恐怖を体験していると信じていた。
それが裏切られた時。その仕組みを知ってしまった時。もうすでに戦後のドヤ街を徘徊する運命は決まっていたのだと明石は思っていた。
「ワシは聞きとうない」
明石はいつの間にかそうつぶやいていた。