動乱群像録 177
「会うのんはええんやけど……」
赤松が気になったのは一呼吸したあとにそのまま掛け軸の下の剣に嵯峨が手を伸ばしたからだった。
「忠さん、これ持ってくれます?」
嵯峨はそう言うとそのまま太刀を赤松に差し出した。立ち上がったばかりの赤松がよろける。
「結構重いもんやな」
「そうですよねえ……まあ重さで頭を叩き割るとかできますからね」
そう言うと短剣を握って部屋を出る嵯峨の後をつけて赤松も廊下を進んだ。
庭は少しばかり荒れていた。嵯峨は現在は遼南皇帝。この屋敷に来るのは年に数回と言うこともあって主がいないのをいいことに雑草があちこちに生えているのが見える。
「来た時も思うたんやけど……」
「なんです?」
振り返った嵯峨の表情が死んでいるのに赤松は驚いた。だが同時に納得できることでもあった。
かつて参謀本部から見捨てられてゲリラ討伐の憲兵部隊や時間稼ぎの陸軍混成連隊を指揮した経験。そこで嵯峨はどれほどの汚い戦いを生き抜いてきたかは赤松も知っていた。恐らく無抵抗なゲリラや戦友を見殺しにするような撤退戦で同じ表情を嵯峨の部下達は見てきたのだろう。そう思うと明るい予科時代の嵯峨をよく知っている赤松の心は痛んだ。
「ここですか……」
珍しい洋間。その扉の前で嵯峨は立ち止まると大きく深呼吸をした。
「ええんやな、俺がおっても」
赤松の言葉に作り笑いで答えた嵯峨はそのまま扉を開いた。
テーブルには醍醐がいた。彼も主君の機嫌の悪さは予想していたようですぐに立ち上がると頭を下げる。そしてその隣には呆然と立ち尽くすという言葉のためにいるような青白い顔の佐賀高家が軍服でなく紺色のジャケットにループタイと言う普段着で入ってきた嵯峨と赤松を見つめている姿があった。