動乱群像録 173
「そりゃあ建前でしょ。俺だってせいぜい聞こえのいい演説するくらいしかできませんよ」
「そういう割にはきっちり清原さんの艦隊の戦闘艦を沈めたそうじゃないか」
「やっぱりばれますかね」
そう言って舌を出す姿は醍醐から見てもかつての悪童のままの姿だった。
「それより兄の処遇ですが……」
「醍醐さん。今はそれより治安の回復が必要なんじゃないですか?今だって叛乱部隊が下町になだれ込んだりしたらめちゃくちゃになりますよ。そこら辺の指揮もきっちりしてもらわないと」
そう言うと嵯峨はのんびりとタバコを取り出して火をつけた。
「おい、新三。俺にもよこせ」
「兄さんは吸わないんじゃなかった……」
「たまにはそういう気分になるんだよ」
西園寺はそう言うと弟からタバコを一本受け取る。そしてそのままライターをかざす嵯峨から火を受け取る。
「どうです?醍醐さんも」
そう言った嵯峨の言葉に軽く首を振った。
「さてどうなることか……とりあえず烏丸さんが無事に見つかるといいんだけどね」
嵯峨の何気ない言葉にしばらく場が沈黙した。誇り高い貴族の烏丸頼盛がこの情勢で生きていることはあまり考えられないことだった。
「誰も彼も死にいくみたいだな」
「悪党ばかりが生き延びる。世の中なんてそんなもんでしょ」
つぶやく兄を見ながら嵯峨は平然とタバコをくゆらせていた。