動乱群像録 172
戦火は帝都を巡り広がりを見せていた。そんな中、篭城を続けていた近衛師団は3キロまで近づいた醍醐隊に呼応するように攻勢に転じた。
「閣下!」
戦闘が始まって二時間。突入部隊に同行していた醍醐はそのまま近衛師団に突入し、ハンガーで敷いた畳の上で茶をたてている西園寺基義首相に頭を下げた。そしてその正面に本来ここにいるはずの無い茶人の姿を見かけて驚愕を受けた。
「驚くこと無いんじゃないですか?急いで来たんですから。のんびりさせてくださいよ」
そう言って醍醐に茶碗を向けるのは主君である嵯峨惟基。現遼南帝国皇帝の姿だった。
「暇なんですか?御前は」
「ひどいこと言うねえ……体が一つじゃ足りないから今は同時に遼北での山岳民族隔離政策に対する抗議文を東都で読んでいるころですよ」
「影武者ですか」
着ているのは遼南軍大元帥の略章付きの軍服。恐らくは彼が個人的に保持していると言う法術対応アサルト・モジュール『カネミツ』を使って到着したのだろう。理由が分かると安心して醍醐はたたみの縁に腰を下ろした。
「烏丸さんは抑えたのか?」
黙って茶を飲んでいた西園寺がつぶやく。
「首相府は制圧しましたが陸軍省と警視庁に反乱軍が立てこもっています。しばらくは時間がかかるかもしれませんね」
「そうか」
それだけ言うといつもの饒舌さを忘れられるほどに静かに西園寺は茶を啜った。
「庶民院の議員の半数が殺害されたそうだ。建て直しには時間がかかりそうだな」
「生き残った連中も今度の件で拘留されるでしょ……どうします?今後の対応」
「それは皇帝陛下の一存で決まるんじゃないですか?わが国も遼州帝国の剣と呼ばれた国ですから」
皮肉るように弟を見つめる西園寺。嵯峨は一本取られたと言うように頭を掻いた。