動乱群像録 171
「濁官の害、清官のそれに如かず」
「斎藤君。それはどういう意味かね」
初めて少しばかり驚いたような表情を清原が見せたのを見て洋子は大きくため息をついた。
「汚職や職権乱用で国を傾けることも平然として行なう穢れた役人よりも、正義と信じて信念を貫く国士気取りの役人のほうがはるかに国に害を為すという意味です」
その洋子の言葉に初めて清原は感情的な表情を見せた。その瞬時の切り替わりにようやく洋子は目の前の叛乱分子としてこれから処刑される人物が人間だと言うことが分かった。
「私はそれほど愚かだと?」
「あなたが烏丸公を担いで政権を取ったとして何ができますか?貴族制の廃止を求めている同盟諸国。国内の胡州系資産の凍結は軍縮会議の再開を前提としている地球の国々。どちらも敵に回して鎖国でもすることができるならいいですが、コロニー国家で多くの物資を輸入に頼っているわが国にそんな我を通せる方法があるわけ無いじゃないですか」
諦めるようにつぶやくがその時にはもうすでに目の前の人物は会話を拒否するように口をふさいだ。
「都合が悪くなると黙り込む。それがあなたの世界観の限界です」
そう言うと洋子は次官に目をやった。彼はそのまま後ろ手に縛られている清原の前に立つ。
「水をいただけないかね」
小声で清原はつぶやく。次官は首を振った。
「ここで柿でも出されたら私はなんと言うべきかね」
「石田三成を気取っても無駄ですよ。あなたにはそれほどの度量はありませんから」
洋子はそれだけ言うと領主の椅子から降りてそのまま処刑を待つ囚人が頭を垂れている部屋を後にした。