動乱群像録 169
「清原様」
「様をつけるべき相手ではないんじゃないかな。私はもはや罪人だ」
そう言いつつ清原にどこと無く余裕があるのが洋子にはきにいらなかった。
『お兄様が戦死されたあの戦争もこの人のような上層部の無知が生み出したのですわね』
洋子は自分の視線が殺気を帯びたものだと言うのが清原の笑みから見て取れるのを不思議に感じながらただ正面を見つめていた。
憎いはずだった。許せないはずだった。
恐らく無様に命乞いをするか、逆に殺せとわめき散らすのならばすぐに刑場に送るように書類に印を押したことだろう。だがただ落ち着いて余裕を持って座っている清原が気に入らず、なんとかどちらかの反応をさせてみたいと思った。
「この場には斎藤家の恩顧のものしかおりませんの」
「ふうん。そうなのかね。それならここで八つ裂きにされても私は文句が言えないわけだね」
脅してみてもまるで無関心を装うように笑みを浮かべる清原。その表情に洋子はさらにいらだった。深呼吸をして部下達を見回してみる。誰もが殺気を隠せずに清原の息の根の止まるのを待っているかのような表情を浮かべていた。さすがにその表情を見ると洋子も目の前の虜囚が哀れに思えてくる。
「言葉が足りなかったようですわね。つまりあなたには生きるチャンスが有るかもしれないということなのですが……」
「姫様!」
次官の言葉を制して洋子は立ち上がった。そして目の前の虜囚が命乞いをするだろうとつかつかと歩み寄った。
だがそれは無意味なやり取りだった。相変わらずさわやかに笑みを浮かべたまま清原はただじっと洋子を見上げていた。
「それはこの胡州での生きる場所を与えてくれると考えていいのかな」
思いもしない言葉に洋子は息を呑んだ。