動乱群像録 168
「いらっしゃっているのですね」
濃州女卿である斎藤洋子はそう言いながら濃州首府の廊下を静かに歩いていた。そのか細い体を包む軍服が似合わない様を見て次官を務めている老人は涙が出るのを抑えていた。
「……はい。とりあえず銃殺命令が出ている人物の処刑には荘園領主の立会いが必要と言うことになっていますので……」
明らかにその白髪の混じる髪の下の脳は無邪気に自分を慕ってくれていたかつての少女が、これからクーデターの首班と対峙してそれを処刑すると言う難題を経験することの恐怖を思って泣き出したいのを必死にこらえていた。
「いいのですよ、私はこうなる定めだったのです。このお兄様が愛した濃州を守りきることができたのですから。その仕上げとして私が手を汚すのも覚悟はしています」
そう言いながらも洋子の視線はどこと無く泳いでいるように見える。それを見ると次官に付き従う高官達が目頭を押さえるのが洋子の心も乱れそうになる。
会堂と呼ばれる大きな木製の扉の前で立ち止まる洋子。それを見て古風なボルトアクションライフルを手にした衛兵は静かに扉を開いた。
赤いカーテン越しにコロニーの中央部のミラーから注ぐ太陽の光がまぶしかった。だが今の洋子にはそれを避けていることはできなかった。
「斎藤女侯爵!」
叫んだ男の目を見ると洋子もさすがにうろたえてしまっていた。
かつて帝都へ陳情に出かけると見かけた烏丸公の片腕と呼ばれた切れ者、清原和人准将がニヤリと不気味な笑みを浮かべていた。武術の心得があるわけでも縄抜けの名人と言うわけでもない。後ろ手に縛られてひざを付いたままこのコロニーの主が座るべき椅子の目の前に看守に両脇を抑えられながら座っている。
そのまま椅子に座る洋子を見上げる清原の様子はまるで両脇の銃を突きつけている濃州鎮台の兵士を引き連れた将軍のようにも見えて洋子はようやく威容を正して清原を見下ろした。
「清原様。このたびの動乱の責任を取られるならなぜ自決されなかったのですか?」
静かにそして鋭い口調が自分の口から飛び出すのに洋子は少しばかり当惑していた。彼女を軍務の面で支えた斎藤一実の死の原因を作った男。兵士達の多くと流れ弾を食らったコロニーの住民の死を思えばそれも当然のことだと思いながら彼女はそのまま目の前の罪人をにらみつけた。