動乱群像録 14
胡州帝国海軍省の地下の会議室。主に爆撃などに備えてのシェルターの機能も兼ねているこの部屋に集まった若手の将校達の顔ぶれに明石は圧倒されていた。
西園寺派でもその側近の赤松准将の直属の部下であると言うことで、明石達はこの『私的な』と冠されているがどう見ても政治的な色に染まりそうな会議の演壇の前、最前列に陣取ることが出来た。海軍では勢いの無い烏丸派は入り口のあたりで席にあぶれて、立ったままこの胡州の重鎮の言葉を聞こうと背伸びまでしていた。
「おう、ずいぶんと元気なのがいるじゃないか」
決して狭くは無い会議室に現れた白髪の老紳士は熱気で蒸し暑さすら感じる会議室を見渡すとその小柄な体に似合わない大声を響かせた。下座で拍手が起きると、それは次第に伝染して部屋を覆いつくした。
「お、福原寺の坊主がいるのか?どうした、今日は俺の通夜でもやるのか?」
明石の剃り上げられた頭を見て老紳士、保科家春一代公爵は高らかに独特の濁りがある声で笑う。周りのSPが明石をにらみつけているのを見て、明石は少しばかり緊張するのを感じていた。
「静粛にしたまえ!」
ざわめく若手の海軍将校達を前に一人の海軍准将の襟章が目に付く狐目の男が叫んだ。明石は周りの士官達を眺めてみた。明らかに明石の周りの西園寺派の士官達はその海軍准将、清原和人参謀局次長を敵意の目で見ているのが分かった。
保科家春の海軍での活動をすべて掌握していると言うこの高級将校の噂は明石も聞いていた。どちらかと言えば事務屋として定評のある清原准将は総じて前線を支える指揮官の進路に進む将校には甚だ評判が悪かった。先の大戦で保科内閣による休戦条約締結までの物資管理を徹底して休戦まで戦線を維持できる補給計画の立案を行うなど、切れ者であることは誰もが認めたが、その才能を鼻にかけた人柄は海軍幹部からも疎まれるところがあった。
席についてマイクを握ろうとする保科の前に置かれた水をコップに注ぎ差し出す清原。
「まるで、召使だな」
明石の隣に座っていた魚住がわざと壇上の保科と清原に聞こえるように叫ぶ。西園寺派の将校達が失笑を清原に与える。だが、まるで気にする風でもなく清原はそのままSP達の後ろに陣取って会議室に顔をそろえている若手の海軍将校達をにらみつけた。その切れ長の目ににらまれて、それまで笑っていた士官達が沈黙する。
「どうやら、この部屋には人を見た目で判断する人間がいるようだな。実に残念だ」
保科の第一声に後ろの立見席から拍手が起きる。前列に陣取る西園寺派の士官達がその拍手の方を振り返るのを見て保科は興味深げに台に立ててあったマイクを手に取り話を続けた。
「諸君の苦心については私も理解しているつもりだ。兵士の士気は下がるばかり、装備は老朽化し、そして自分の給料も上がる見込みが無い。まあ、私も給金は今年も国庫に返上になりそうだがな」
その言葉に会議室の中央から後ろの士官達が拍手をする。大河内派と嵯峨派の士官も当然この議場には入場しているはずで、明石はこの状況を楽しむようにして壇上から見下ろしている小男がどういう持論を展開するのか確かめようとその大きな目玉で演台の上を見据えていた。