動乱群像録 139
「それでは健闘を祈る」
そんな別所の言葉に明石はペンをよけた感覚で目を覚ましたように顔を上げた。他の艦から出撃する部隊の隊長達は足早に会議室を出て行く。
「そんなに眠いのかよ」
ぼんやりとした顔の魚住。その隣では不思議そうな表情の黒田が明石の顔を覗き込んでくる。
「すまんのう。ワシはどうかしとるかもしれんわ」
そんな明石の言葉に魚住は不思議そうな顔をした後で立ち上がる。
「相手は『胡州の侍』安東貞盛大佐殿だ。そう簡単に話が済むはずはないからな」
立ち上がり伸びをする魚住。邀撃部隊の経験のある彼はある意味達観したように大きくあくびをする余裕があった。
「なんや、落ちついとるやん」
「まあな。生きて帰れるかどうかはわからんが今のところ俺の神経はまともらしいや。それより貴様はさっきから変だぞ」
再び自分のことを魚住に指摘されて明石は覚悟を決めたような表情で立ち上がる。二メートルを超える巨漢の明石が立ち上がると慣れているとはいえ小柄な魚住はのけぞるように反り返る。
「明石、一つだけ助言をしてやるよ」
明石が立ち上がるのを見ると、艦隊付きの参謀と打ち合わせをしていた別所が駆け寄ってきてニヤリと笑った。
「なんやねん。気持ちわるいなあ」
そう言って胸のポケットからサングラスを取り出した明石を見上げて再び別所は笑みを浮かべる。
「これは一番大事なことだと俺は思っているんだ」
「だからなんやねん」
なぜか別所の態度に明石はいらだっていた。それが初の実戦を前にした苛立ち妥当ことは明石も分かっていた。そしてそんな苛立ちを読み取らせまいと必死に強気な表情を作り上げようとするがどうせ別所にはばれるだろうと諦めた瞬間だった。
「英雄になろうとしないことだ。相手は強い。元々技量の差が大きく出るアサルト・モジュール戦じゃあ安東さん相手には勝ち目は無い。とにかく生き残れ」
そんな言葉に少し違和感を感じながら明石は手を振って会議室を後にした。