動乱群像録 130
第三艦隊旗艦『播磨』の明かりの消えた食堂。三人の男がテーブルを囲んでいた。
「明日からは飲めないからな……」
別所晋一はそう言うと一升瓶を持ち上げてその瓶を覆う白い包装紙を静かに引き裂いた。
「生一本か……楽しみやな」
そう言ったのは三人の中でも群を抜いた巨漢の明石清海。そしてその手に湯飲みを手渡しながら小柄な魚住雅吉がニヤニヤと笑っている。
「笑いを浮かべるとは余裕だな。安東さんはでっかい壁だぞ」
別所はそのまま湯飲みを差し出してきた魚住に酒を注いだ。
「そりゃあそうだが、出会うとは限らないだろ?ムカデのエンブレムを見たらとりあえずお前等に任せるよ」
そう言うと乾杯もせずに酒をすする。
「そないに急がんでも……それにええのんか?ワシがその手柄いただきたいんやけど」
独特のアクセントでそのグローブのような大きな手で湯飲みを握れば明石はまるで猪口でちびちびと酒を飲んでいるようにも見えた。
「二人とも単純だな」
別所はそのまま自分の湯飲みに酒を注ぐと一口舐める。そして目の前にあるラッキョウの漬物を手に取ると口の中に放り込んだ。
「単純やて……そやな。安東はんの生徒達。あいつ等の塗装も恐らくムカデの絵が描かれることになるんちゃうかなあ」
「何でそんなことをするんだ?」
いまいち事情が分からず魚住が二人を見つめる。別所は大きくため息をついて心を静めるために酒を口に含んだ。
「安東大佐の機体の色を知らないパイロットはこの艦隊にはいないだろ?もしパイロットが別人でもあの派手なムカデの文様を見れば安東大佐の機体だと思ってこっちは混乱する。昔から良くある手だよ」
「ああ、それくらいのことはしてくるだろうからな」
納得がいったというように頷くと魚住は静かに酒を飲み始めた。