動乱群像録 129
静寂があたりを包む。振り上げられた刀が下ろされる時間を待つ。
「どうぞ」
沈黙に耐えられずに昌重は首を伸ばした。そしてまた沈黙が支配する。
「いい覚悟だな」
醍醐はそう言うと剣をおろした。周りの参謀達がざわめく。命を捨てるものだと目をつぶっていた昌重は驚いたように隣に立つ醍醐を見上げた。
「その度胸。買うのも良いものだな」
そう言うと醍醐は剣を鞘に収めて再び上座に戻ってしまった。その急な行動に昌重も参謀達もあっけに取られた。
「なぜ……こいつを帰すんですか!」
参謀の一人、はげた頭の佐官がそう叫ぶ。だが椅子に腰掛けた醍醐はまるで返答をするつもりは無いと言うように首をひねる。
「これでいいんですね。それでは……」
馬加がそう言って立ち上がろうとするのを醍醐が制するように右手を上げる。
「こいつを池の野郎に返すとは一言も言ってないぞ」
「ですが……」
「返すつもりはない」
思惑が読めないというように馬加は不満そうな顔で席に座った。
「昌重。お前はここで戦いのすべてを見ろ」
醍醐の突然の言葉に参謀達ばかりでなく当の昌重も驚きの表情で醍醐を見た。そこには真剣そのものの醍醐がいた。一部の笑みもその顔には無かった。
「この戦いがいかに無駄か。この戦いがどれほど役に立たないものか良く知る義務が貴様にはある。あくまで最後まで。どちらが勝つにしろここの施設のすべての情報を手に入れてもかまわない。すべてを知って戦いの終わりまで生き抜け。それが貴様の義務だ」
そう吐き捨てるように言い切ると醍醐は立ち上がって奥の天幕へと消えていった。参謀達もあっけに取られながら醍醐の決定には逆らうこともできずに渋々昌重をにらみつけながら天幕を出て行った。
「俺は……」
呆然とする昌重。そんな彼の肩を馬加は優しく叩いて立ち上がるように促す。
「そういうわけだ、こちらに来てもらうぞ」
ただ一人笑みを浮かべる馬加につれられて昌重も会議場を後にした。