動乱群像録 126
「やはりそうか」
参謀達が今にも下手の椅子に座っている池昌重中佐を斬り殺さんばかりの雰囲気のなかで静かに醍醐文隆准将はつぶやいた。
「意外に平然とお答えになるんですね。予想はしていましたか?」
怒りが殺意にまで達している一同を涼しい顔で眺める昌重。
南極防衛部隊が基地施設の放棄を始めた時点である程度醍醐は同僚として付き合いの長い池幸重がそのまま市街地に立てこもって徹底抗戦をすることは読めていた。部下達が避難民の誘導を頼まれたのはその為の準備と思っていたが聞き流してそのままにしていた。
そして今日、降伏の期限とされた日には池は使者として次男の昌重とトラック一杯の催眠剤で眠らされた兵士と負傷した兵士を満載したトレーラーを醍醐の駐屯している南極基地から30kmの地点まで送り届けた時点で今の部下達の血走った目が見られることは予想していた。
『醍醐はアフリカでは英雄と扱われたそうだが胡州ではどうなのか俺の部隊で試させてくれ』
そう言う言葉を池が吐いたとしても醍醐は不思議には思わなかった。
先の大戦では西園寺恩顧の陸軍幹部として激戦地をたらいまわしにされた醍醐とは違って、池は胡州軌道上の警備などのぬるい任務ばかりを任されていた。開戦を当然と口にしていた烏丸卿に目をかけられて安全な任務についていた池が何度も最前線への出動を志願したという話は醍醐も何度も聞かされていた。
そしてその遺伝子を継いだ息子の殺気立つ上級士官達を歯牙にもかけないような風貌に醍醐は大いに興味を引かれた。
「昌重君。あれかな?池は君にこの場で死んで来いと言ったのかね?」
もう笑みしか醍醐の表情には浮かぶものは無かった。
「いいえ、醍醐の奴はどこまでも勝負師だから貴様が基地に戻って指揮を始めるまで攻撃はしてこないだろう……と言われましたが」
そう答えた昌重の涼しい表情。醍醐の隣の隻眼の士官も奥歯を噛み締めて怒りをどうにか静めようと必死だった。
「それは面白い話だな」
醍醐は周りを見回す。昌重が言葉を口にするたびに参謀達の怒りは増していくのが良く分かる。だが醍醐は一人面白そうに身を乗り出してまじまじと昌重の姿を見つめた。