動乱群像録 123
「ふー。何から説明したほうがいいかな」
懐疑的な顔の明石を説得する切り札を探そうと別所は明石の頭からつま先まで満遍なく眺める。
「説明もなにも……確かに佐賀さんの動きが鈍いのはわかっとるけどなあ」
「それで十分じゃないかな」
明石の言葉に糸口を見つけたと言うように口を開いた別所。その言葉にしばらく明石はぽかんとしていた。
「十分?」
「そうだ。佐賀さんの狙いは今は遼南皇帝をしている殿上嵯峨家の家督だ。別に清原さんのように貴族主義がどうのと言うような思想で動いているわけじゃない。今回の戦いでどちらが勝とうがどんな政権ができようが狙いが果たされなきゃ意味が無いんだ。たとえ俺達が勝って西園寺公が政権に復帰しても殿上嵯峨家が継げれば万事解決。そちらの方が楽だともいえるな」
「楽って……貴族の権限は制限されるやろが」
「それは烏丸派が勝っても同じだよ。醍醐さんが西園寺派にいた限りその兄としての監督責任を烏丸公が問わないわけが無い。あの人はそういう血縁的なものを絶対視するところがあるからな」
別所の言葉に頷きながらそれでも明石には腑に落ちないところがあった。
「ならなんで清原はんを最初に受け入れたんやろなあ?あそこでけりがついとったらワシ等も楽できたやないか」
「そりゃあその時点では西園寺派からの接触がまだだったと言うことだろうな。貴族の尊厳を守ると宣言している清原さん達の方がくみしやすかった。そういうわけじゃないのかな」
別所の言葉にもまだ明石は得心できないと言うように首をかしげる。
「恐らく佐賀さんが迷い始めたのはそれから後のことだ。事実、現在この位置から最大船速で三日の距離にたどり着いてから二日間。佐賀さんの艦隊は動いていない。その間に誰かがあの御仁の耳元でこちらについたほうが得だとささやきかけた。そして佐賀さんもそう読んで動かなくなった。それが事実じゃないかな」
推し量って物事を述べる時に別所はあごの辺りに手を寄せる癖がある。その癖を大学野球の時に見抜いていたことを思い出しながら明石はようやく納得したように立ち上がった。
「それなら何とか勝負になるやろな。シャワーでも使わせてもらうわ」
そう言って明石はそのまま椅子に座っている別所を置いてシミュレータの並ぶ訓練施設を出て行った。